最新記事

アメリカ経済

雇用統計の「まぼろし」に一喜一憂する愚かしさ

実体経済の一部しか反映しない統計データよりもアメリカの雇用の構造的な問題を考えるべきだ

2012年6月5日(火)15時09分
ザカリー・カラベル(政治経済アナリスト)

ただの不況ではない 景気が回復しても増えるのは低賃金労働だけ?(ニューヨークの就職フェア) Spencer Platt/Getty Images

 先週発表されたパッとしない4月の雇用統計は、アメリカの失業問題は改善もしていなければ悪化もしていないことを示している。同時にこれは、アメリカには構造的かつ慢性的な雇用問題が存在するということの更なる証拠でもある。激しい痛みを伴うわけではないし、急速に悪化するものでもない。だが、近い将来どこかへ消えてなくなってくれることも決してない問題だ。

 米政府の労働統計局によると、失業率は3月の8.2%から8.1%へとわずかながら下がったものの、非農業部門の就業者数が11万5000人増と市場予想を下回った。再就職の意欲があるのに半年以上働いていない人(失業者全体の半分以上を占める)の数は500万人超と、3月の調査時からほとんど減らなかった。

「ほぼ変化なし」という言葉が繰り返し出てくるのも今回のリポートの特徴だ。

 過去何回かのリポートもそうだが、これらの経済統計がつくり出すアメリカ経済についての「虚像」を打ち砕くのは極めて困難だ。夜空に輝く星のように、経済統計と雇用統計が描く星空は、完璧なロールシャッハ・テストのようなもの。ロールシャッハとは、複雑な絵柄の中にウサギやクモなど何が見えるかによって、見る人の心の内を調べる心理学テストだ。

 経済学では、より楽観的な人は、その星空に強気の数字を見いだして、希望を持つ。製造業の雇用は増えたように見えるし、生産も雇用も底を打ち、利益もじりじりと増え始めている。

 他方で悲観的な人は、同じ統計を見ても自らの弱気な考えを裏付ける証拠を見つけ出す。雇用創出のペースは過去2カ月の間に減速し、間違いなくインフレなのに賃金は上がらず、雇用も拡大せず、長期的かつ慢性的な構造的失業が、数百万もの人々を苦しめている。

製品作りに人手は不要

 もちろん、ひと月だけのデータで即断はできない。こうした統計は計算や調整を行った上でのデータであり、生の数字ではない。

 事情通のアナリストなら、昨年12月〜今年2月の雇用増には、クリスマス商戦向けの臨時雇用という「季節要因」が入っていることを知っている。そして元の統計からこの季節要因を差し引けば、新規雇用はむしろ減っていることも。

 これらのリポートはそれでも、洞窟の壁に映った人の影のように、実体経済の姿をある程度は反映している。あくまで一般的傾向であり、静止画にすぎないが。それ自体に害があるというわけではないが、これらのリポートは、雇用問題の原因は最近の金融危機と世界不況にあるという人々の思い込みをますます強くさせてしまう。

 事実はまったく違う。アメリカの雇用市場は数十年もの長い転換期のただ中にある。2000年代半ば以降に火が付いた住宅バブルや、低金利でふんだんに借りられる借金バブル、住宅・建設関連の雇用急増などとともにその傾向はかき消されたが、なくなったわけではない。

 雇用の製造業離れはもう数十年も続いており、今世紀に入ってますます勢いを増している。もし製造業が復活したとしても、雇用はさほど増えないだろう。

 ロボットやジャスト・イン・タイムのような生産システムを駆使した最新の生産現場では、高度な技術を持つ労働者が少数いれば足りるからだ。

 つまり、雇用創出の大半は依然として家政婦やウエートレスなどの低賃金労働ばかりということになる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナ存続は米にとって重要」、姿勢

ワールド

IMF、中東・北アフリカ成長予想を下方修正 紛争激

ビジネス

米国株式市場=ほぼ横ばい、経済指標や企業決算見極め

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米指標やFRB高官発言受け
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中