最新記事

通貨

ユーロ全体を揺さぶるスペイン不安

ギリシャよりは健全なはずのスペインも、銀行不安と財政危機の繰り返しでユーロ圏の一角を脅かし始めた

2012年5月29日(火)15時37分
マシュー・イグレシアス

緊縮策などに抗議するデモ隊が警官隊と衝突(3月29日、スペイン) Nacho Cubero-Reuters

 小康状態にあったユーロ不安が、1カ月ぶりに再燃している。

 今回の火元はスペインだが、パターンはいつもどおり。国債の利回りが上昇して国の財政を圧迫、投資家の不安をあおり、さらに利回りを押し上げる。金融機関に対する懸念が国内の信用収縮を招き、財政はさらに弱体化する。それが国の債務不履行、金融界崩壊、ひいては欧州単一通貨ユーロやEU全体の崩壊につながる恐れがある。

 先週のスペイン国債の入札が不調に終わったのを受けて米国債が買われ、ヨーロッパの国債の利回りは軒並み上昇。スペイン経済が駄目になれば、より規模の大きいイタリアやフランスの経済も確実に道連れになる。

 そもそも危機が再燃したのは前回の「解決策」で何も解決しなかったからだ。欧州中央銀行(ECB)の2度にわたる長期オペは、金融危機だけに応急処置をしたようなもの。ECBから十分な融資を受けた金融機関は支払い能力を維持。パニックは収まり、立ち直った金融機関がヨーロッパの政府債を買い増して利回り低下に貢献した。

 問題の先送りと言われればそのとおりだが、パニックの際は応急処置で時間を稼ぐ必要がある。厄介なのは、数カ月たっても進展が見られないことだ。

 要するに、今の制度には無理がある。問題を先送りするなら、より良い解決策を考案すべきだ。債務危機以前はドイツからユーロ圏の「周縁国」に資本が流入していた。おかげで周縁国では輸入が輸出を上回り、消費が貯蓄を上回っていた。その結果、ギリシャやポルトガルでは政府債務が増えたが、スペインやアイルランドでは対外債務の大部分が民間債務だった。その後こうした融資の健全性が疑問視され、資本の流入が止まった。

言葉や文化の違いが壁に

 外国からの資金の「急停止」は国際金融ではよくあることだ。普通は債務国の通貨価値が急落する。実質賃金が落ち込み、通貨安も家計を圧迫する。借金漬けになった国民の労働時間は増え、稼ぎは減る。見かねた政治家が生活水準の回復を促進すべく賢明な政策改革を講じる場合もあれば、講じない場合もある。

 しかしスペインやイタリアやギリシャには独自の通貨がない。それ自体は特異なケースではなく、アメリカのように大きな国で、ある地域への投資がストップして財政と雇用が打撃を受けるのと似たようなものだ。ただしアメリカの場合は、連邦政府の社会保障制度やメディケア(高齢者医療保険制度)の給付金などを当てにできるし、州の経済が破綻したら別の州に引っ越せばいい。

 一方、ヨーロッパ人はアメリカ人ほど移動しないだけでなく、お互いに言葉も違う。ポルトガルやスペインやイタリアの人々が、オランダやドイツやフィンランドで仕事を探すのは大変だ。

 通貨価値は調整できず、人口は移動できず、財政的に助け合えない──ヨーロッパが陥ったジレンマは公的債務を極度に膨れ上がらせている。しかし予算削減は場当たり的で肝心の調整を促してはいない。域内の移動を妨げている言葉と文化の壁も、当分なくなりそうにない。

 アメリカの場合は州は違っても言葉や文化は同じで、同じアメリカ人という意識があるが、ドイツ人とスペイン人は違う。そこがネックだ。ドイツ政府は南欧諸国ではなくドイツ国民のニーズに対応すべきだと、ドイツの有権者は考える。気持ちは分かるが結果は悲惨だ。

 通貨統合は、政治統合を進めるための政治プロジェクトだった。相次ぐ債務危機は欧州統合という危険な賭けのツケだ。今のところ賭けは高くついている。

[2012年4月18日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米石油・ガス業界のM&A、第1四半期は過去最高の5

ビジネス

米テスラ、メキシコ・インドの工場新設計画が不透明に

ビジネス

午前の日経平均は大幅続伸、ハイテク強い 先物主導で

ビジネス

今期事業計画はかなり保守的=永守ニデックグループ代
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 8

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中