最新記事

出版

iPadは新聞も雑誌も救わない

Apple's Bite

奇跡を求めて「救世主」アップルにひざまずく雑誌業界の幻想

2010年6月22日(火)14時38分
ジェイコブ・ワイズバーグ(スレート・グループ編集主幹)

 インターネット時代が訪れる前の話。イタリアの哲学者ウンベルト・エーコは、アップルとマイクロソフトの違いをカトリックとプロテスタントの違いに例えた。

 マイクロソフトのパソコン用OS(基本ソフト)MS-DOSを基にしたオープンな世界では、「救済」に至る道も百人百様。だが、唯一の正統な教会たるアップルのマックOSの世界では、「信者は何から何まで教会の指示に従わなければならない」。

 今や「キリストのタブレット」とまで呼ばれるほどのiPadの好調とともに、アップルのカトリック的傾向は加速しているようだ。

 発表前のiPadは、単なる企業秘密というより宗教的神秘に覆われていた。宗派の指導者たるアップルのスティーブ・ジョブズCEO(最高経営責任者)は、今や十字架と同じくらい認知度が上がったアップルロゴの下に集った「ミサ」で、彼の「奇跡的で革命的な」新製品に祝福を与えた。

 この比喩に従えば、iPad向けにコンテンツを提供する出版社は、フランスのルルドの泉に奇跡を求めて押し寄せる足の不自由な巡礼者というところか。

 巡礼者たちは、ジョブズが彼らの電子雑誌を「アップストア」で売ってくれて、出版ビジネスを再生させてくれるという希望にすがっている。アップストアはネット向けコンテンツに課金する新しいビジネスモデルで、電子雑誌の全面広告さえ復活させてくれるかもしれないと。火あぶり覚悟で言おう。彼らは夢を見ているだけだ。

 私自身iPadを使ってみて気づいたのだが、新聞や雑誌を読むのに気の利いたアプリケーションなど必要ない。画面が小さいiPhoneの場合は、アプリで利便性が格段に高まる。だがiPadの画面は十分大きくて明るい。ネットへの接続環境さえ良好なら、どんな出版物もアップルのブラウザ「サファリ」で読むのが一番だろう。

広告もアップルが決める

 バニティ・フェアやタイムのiPad向け電子雑誌は、ページをめくるという時代錯誤を復活させようとしているだけだ。ユーザーにとっては、アップルが作った囲いの中にあるさらに小さな囲いに閉じ込められるような体験で、一刻も早く外に出たくなる。

 1号当たり4.99ドルと高いが、今や電子版の標準となった基本的機能も備えていない。記事にコメントができないどころか、他の基本的な情報源へのリンクさえない。複数のブログを運営するゴーカー・メディアの創業者ニック・デントンは、こうしたメディアを容赦なく批判する。「CD-ROM時代への一歩後退だ」

 出版社のもっと大きな過ちは、アップルが支配するマーケットを容認しようとしていること。ジョブズは気難しい門番だ。彼の囲いの中でビジネスをする限り、どんなアプリがふさわしいかを決めるのはアップルだし、売り上げの30%は上納しなければならない。

 顧客データはすべてアップルのもので、今までのところ出版社と共有した例は皆無。どんな広告主やどんな広告がふさわしいかもアップルが決め、噂では広告収入の40%を懐に入れるつもりだ。

 読者との関係まで支配されれば、かつての音楽業界と同じ打撃を受けることにもなりかねない。

 アップルで最も警戒すべきなのは、検閲好きな体質だ。表現の自由に対する信念に突き動かされているグーグルに対し、ジョブズは情報漏れを何より嫌う。

裸にはバチカンより過敏

 政治風刺漫画家のマーク・フィオーレは昨年末、iPhoneアプリを立ち上げる申請をして拒否された。アプリの開発者が遵守すべき規則(これも非公開)のうち、著名人を物笑いの種にすることを禁じる3・3・14項に抵触するからだという(今年フィオーレがピュリツアー賞を受賞すると、さすがに申請は認められた)。

ニュース速報

ビジネス

預金準備率の優遇継続へ、審査結果に応じ27日から調

ワールド

ASEAN外相、南シナ海の動向を懸念=フィリピン

ワールド

特別リポート:売られる花嫁、ロヒンギャの少女を取り

ビジネス

米インフラは空港・発電所など老朽化、融資考えられる

MAGAZINE

特集:北朝鮮 暗殺の地政学

2017-2・28号(2/21発売)

異国の地マレーシアで殺害された金正男──。その死の背景には北朝鮮をめぐる地政学の変化があった

人気ランキング

  • 1

    金正男殺害を中国はどう受け止めたか――中国政府関係者を直撃取材

  • 2

    金正男暗殺事件、マレーシア首相が北朝鮮を暗に批判 対立が鮮明に

  • 3

    金正男氏を死に追いやった韓国誌「暴露スクープ」の中身

  • 4

    金正男暗殺は10名が関与、4人は国外へ 現地警察が初…

  • 5

    海上自衛隊、18年度から4年間で新型護衛艦8隻建造へ

  • 6

    日本が危ない!? 福島原発の放射能フェイクニュース…

  • 7

    金正男の暗殺事件で北朝鮮の男を逮捕 謎の男の正体…

  • 8

    今さら聞けない、円高になると日経平均が下がる理由

  • 9

    トランプ「メディアは国民の敵」、独裁につながる=…

  • 10

    トランプ大統領、スウェーデンの移民受け入れめぐる…

  • 1

    金正男氏を死に追いやった韓国誌「暴露スクープ」の中身

  • 2

    金正男殺害を中国はどう受け止めたか――中国政府関係者を直撃取材

  • 3

    金正男クアラルンプール暗殺 北朝鮮は5年前から機会を狙っていた

  • 4

    北朝鮮独裁者、「身内殺し」の系譜

  • 5

    金正男の暗殺事件で北朝鮮の男を逮捕 謎の男の正体…

  • 6

    「線路立ち入りで書類送検」が他人事でなくなる侵入…

  • 7

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 8

    海上自衛隊、18年度から4年間で新型護衛艦8隻建造へ

  • 9

    一般市民まで脅し合う、不信に満ちた中国の脅迫社会

  • 10

    南シナ海、米中戦争を起こさず中国を封じ込める法

  • 1

    金正男氏を死に追いやった韓国誌「暴露スクープ」の中身

  • 2

    トランプを追い出す4つの選択肢──弾劾や軍事クーデターもあり

  • 3

    日本でもAmazon Echo年内発売?既に業界は戦々恐々

  • 4

    東芝が事実上の解体へ、なぜこうなったのか?

  • 5

    金正男殺害を中国はどう受け止めたか――中国政府関係…

  • 6

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 7

    ドナルド・トランプ第45代米国大統領、就任演説全文…

  • 8

    マティス国防長官日韓訪問に中国衝撃!――「狂犬」の…

  • 9

    トランプ、入国制限に反対の司法長官代行を1時間後…

  • 10

    アパホテル炎上事件は謝罪しなければ終わらない

グローバル人材を目指す

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

日本再発見 「日本の新しいモノづくり」
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 臨時増刊

世界がわかる国際情勢入門

絶賛発売中!

STORIES ARCHIVE

  • 2017年2月
  • 2017年1月
  • 2016年12月
  • 2016年11月
  • 2016年10月
  • 2016年9月