コラム

人種分断と銃蔓延に苦悩するアメリカ

2016年07月12日(火)15時00分

 2つ目は銃の存在です。ルイジアナの事件では、被害者は「お尻に銃を下げて」いました。そこで警官はもみ合っているうちに「奴の手が銃に届いたら殺される」という「身の危険」を感じて射殺してしまいました。そしてミネソタの事件でも、被害者は「自分は銃を携帯している」と口頭で言っています。そこで免許証を出そうとお尻に手を回したら瞬間的に殺されてしまったわけです。警官は「一瞬でも身の危険を感じ」たら「相手を無力化せよ」と徹底的に叩き込まれているからです。銃社会が前提の事件という側面は大きいと思います。

 3つ目はビデオの問題です。ルイジアナの事件でも、ミネソタの事件でも、動画が(それも実に生々しい動画が)出回っています。そのために、憤激した人間が毎晩のように町に繰り出してデモを行い、その中で偶然に病的な帰還兵がとんでもない凶行に走ったのです。いずれにしても動画が簡単に出回ることの弊害は議論されていいと思います。ただ、警官の不当な取り調べに憤慨して抗議しようとする人は、必ずスマホで動画を撮っていますので、それを止められない難しさはあるでしょう。

 実はダラス市警というのは、黒人のデイビッド・ブラウン本部長の指揮下で、このような「白人警官と黒人コミュニティの間のコミュニケーション問題」について、意欲的な取り組みをしてきた地域でした。その取り組みがあったがゆえに、白人警官の多くは飛び交う銃弾の中で、逃げ惑う黒人のデモ隊を「守ろう」として落命しています。

 そのことを誠実に訴えているブラウン本部長は、自分の息子さんを警察とのトラブルで白人警官に誤射されて亡くすという悲劇を背負いつつ、「人種間融和」を目指して警察組織を率いてきたという個人的事情があります。これは大変に困難な問題ですが、次元の低い政争に利用されないようにしつつ、何とか和解への筋道をつけて欲しいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ソフトバンク、9月30日時点の株主に1対10の株式

ビジネス

ドイツ銀、第1四半期は予想上回る10%増益 投資銀

ビジネス

日産とマツダ、中国向け新モデル公開 巻き返しへ

ビジネス

トヨタ、中国でテンセントと提携 若者にアピール
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story