コラム

ドラマ『半沢直樹』は、あくまでファンタジー

2013年08月01日(木)10時55分

 現在、所要のため日本に一時帰国中で、人気ドラマ『半沢直樹』を見る機会がありました。主演の堺雅人さんをはじめ、香川照之さん、片岡愛之助さん、及川光博さん、赤井英和さんなど演技のアンサンブルが素晴らしく、ドラマとしては見応えのあるクオリティの作品だと思います。

 一方で、ドラマの内容には、私は笑えないものを感じたのも事実です。

 1つは、日本の企業では大なり小なりこうした「理不尽な支配」というものが横行しており、「正論が通らないもどかしさ」とか「反抗したいが、したら切られる」という中で、堺雅人さんの爽快な「やられたら倍返し(10倍返しというのもあるようですが)」という姿に「憧れる」人が多い、その現実にリアルなものを感じたからです。終身雇用と、共同体への帰属・依存がまるで幕藩体制のように、「個」を蝕んでいく、そこには近代は感じられません。

 そうしたカルチャーの問題に加えて、経済ドラマとして見るのであれば、これは資本主義でも自由経済でもないし、こんな非効率が横行していたら日本経済は完敗につぐ完敗だろう、そうした危機感も感じました。

 何よりも、この『半沢直樹』ですが、スタートしてもう「エピソードとしては拡大版が3回」つまり200分近くが過ぎている(ドラマ内の時間では数週間)にも関わらず、銀行として「収益を生んでいる」シーンは全く出てきていません。多くの登場人物が「まったくもってブラックとしか言いようのない深夜残業」をし、大変なストレスを抱えて必死に事務仕事やコミュニケーション、あるいは貸付先の現場を歩いているわけですが、売り上げも利益も、あるいはキャッシュフローにしても、ビタ一文のプラスは出て来ないのです。何という非効率でしょう。

 それよりも問題なのは、個人と法人の概念がグチャグチャになっていることです。中小企業のオーナーは個人保証を入れているから企業が倒産したら首を吊って自殺する、一方で悪どい連中は企業を計画倒産させて資産を海外に移転して安逸な暮らしをしようとする、その上で、銀行はその個人のカネを差し押さえるために必死になる、こうなると全体はカオスだとしか言いようがありません。大銀行の内部も、公私混同だらけです。

 法人と個人の区分けもできていない一方で、民事と刑事の法制上の問題もゴチャゴチャにされています。明らかな「ワル」が出て来ますが、これに対して被害者の銀行は民事訴訟で対抗するわけでも、刑事告発で対処するのでもありません。カネを損したと怒ってみたり、手段を選ばず回収しようとしたり、要するに法治国家の紛争解決システムを全く信じていないわけです。

 これに加えて、メガバンク級の銀行が舞台であるにも関わらず、内部統制が機能せず、IT化も進んでおらず、与信のノウハウもなく、外国人行員や女性の管理職も出て来ない、まるで昭和の時代のようなドラマが展開されます。と言いますか、この『半沢直樹』というドラマのストーリーラインは、別に現代が舞台である必要はなく、このまま『大岡越前』や『水戸黄門』の一回分にしても、全く違和感がないわけで、昭和どころか江戸時代の感覚と大差ないのかもしれません。

 いずれにしても、法や契約という近代の概念が信じられず、全ては狭い世界の政治、つまり個人の自尊心を削り合う心理ゲームに収斂してしまうというこのドラマは、日本の企業社会の持っている前近代性と非効率性を見事に暴き出していると言っていいでしょう。

 ただ、そこまで目くじらを立てるというのは野暮なのかもしれません。実際の日本のメガバンクは、もっと多様な人材が活躍していますし、本当の意味でのコンプライアンスを重視した経営も進んでいます。IT化やペーパーレスも進んでいます。メンタルへの負荷をかけないコミュニケーションというものも、現代では「まともな」会社なら、相当まじめに取り組んでいます。

 そう考えると、このドラマは「再開発後の梅田にあるメガバンク支店」を舞台にしながら、昭和の時代のビジネス心理劇を展開したノスタルジックなファンタジーと考えるべきなのかもしれません。ということは、別に『水戸黄門』と変わらないというわけです。いずれにしても、ドラマの持つリズム感、緊張と弛緩、カタルシスの演出などエンターテインメントとしては、なかなかの出来だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

ニュース速報

ビジネス

米国株式市場が連日の最高値、S&P500は週間で3

ビジネス

中国などが通貨切り下げ、トランプ氏「為替操縦やめさ

ビジネス

ECBハト派決定でユーロ続落、ドル115円半ばに迫

ビジネス

アングル:格付け事業の外資開放、中国社債市場の魅力

MAGAZINE

特集:THE FUTURE OF WAR 未来の戦争

2016-12・13号(12/ 6発売)

AI、ドローン、ロボット兵士......進歩する軍事技術は 新時代の戦場と戦闘の姿をここまで変える

人気ランキング

  • 1

    【写真特集】ノーベル平和賞「52年間内戦」コロンビアの今

  • 2

    欧米食品メーカー、中国の輸入食品への安全規制強化に反対

  • 3

    韓国国会、朴大統領の弾劾を賛成78%で可決 大統領権限停止へ

  • 4

    黒人を助け、同性愛者の入会もOK? 差別結社KKKの本…

  • 5

    今がベストなタイミング、AIは電気と同じような存在…

  • 6

    つらいおなかの悩みを救う「低FODMAP」食事療法って?

  • 7

    トランプとキヤリア社の雇用維持取引は詐欺だ

  • 8

    闇サイトが「トランプ暗殺」の資金を募集

  • 9

    新宿―東京は何線で? 日本の交通案内は分かりやすい…

  • 10

    ファイザーが死刑執行用の薬物の販売を停止

  • 1

    トランプ-蔡英文電話会談ショック「戦争はこうして始まる」

  • 2

    今がベストなタイミング、AIは電気と同じような存在になる

  • 3

    マドンナ、トランプに投票した女性たちに「裏切られた」

  • 4

    トランプ氏、ツイッターで中国批判 為替・南シナ海…

  • 5

    イギリス空軍、日本派遣の戦闘機を南シナ海へ 20年…

  • 6

    インターポールも陥落、国際機関を囲い込む中国の思惑

  • 7

    北朝鮮が中国への「大麻」輸出に乗り出す

  • 8

    トランプ、ボーイングへのエアフォース・ワンの注文…

  • 9

    内モンゴル自治区の民主化団体が東京で連帯組織を結…

  • 10

    米ルビオ議員、南シナ海の領有権問題で対中制裁法案─…

  • 1

    トランプファミリーの異常な「セレブ」生活

  • 2

    米大統領選、クリントンはまだ勝つ可能性がある──専門家

  • 3

    68年ぶりの超特大スーパームーン、11月14日に:気になる大地震との関連性

  • 4

    【敗戦の辞】トランプに完敗したメディアの「驕り」

  • 5

    安倍トランプ会談、トランプは本当に「信頼できる指…

  • 6

    「ハン・ソロとレイア姫」の不倫を女優本人が暴露

  • 7

    クリントン当選を予想していた世論調査は何を間違え…

  • 8

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 9

    トランプ勝利で日本はどうなる? 安保政策は発言通…

  • 10

    クリントン敗北認める 支持者にトランプ新大統領へ…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

日本再発見 「五輪に向けて…外国人の本音を聞く」
リクルート
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

『ハリー・ポッター』魔法と冒険の20年

絶賛発売中!