VOICES コラム&ブログ
BLOG ブログ

プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

北陸新幹線の試験走行にはどうして「ふた冬」が必要なのか?

2013年02月04日(月)12時02分

印刷

 現在は長野までが開業している北陸新幹線ですが、既に長野から飯山、上越、糸魚川、新黒部、富山、新高岡を経て金沢まで(一部の駅名は仮称)の延伸区間に関しては、ほぼ土木工事が完成しています。レールの敷設もほとんど完了しており、残る主要な工事としては電化関係の設備と駅舎の整備を残すだけです。

 また東京から金沢までの直通運転を担う新型車両のE7・W7系の車両もデザインと諸元が発表になっており、今年、2013年の秋には第一弾の編成が落成する予定になっています。内外装に「和」のコンセプトを取り入れたデザインは、既に好評を博しているようです。

 では、肝心の開業時期はいつになるのでしょうか? 一部には開業の前倒しを望む声もありましたが、現時点では長野=金沢間の開業は14年末、つまりおそらくは15年の3月になるという計画です。

 一見すると奇妙な話です。土木工事はほぼ完了し、新造車両もドンドン完成するのであれば、今から1年後の14年春、いやそれがムリでも14年の秋には開業してもいいではないか・・・そう思いたくなるのが人情というものです。

 ですが、JR東日本と西日本は現時点はそのような計画は描いていません。なぜかというと、JRはこの新線と新車両による試験走行に「ふた冬」をかける計画だからです。長野から先の、飯山=上越=糸魚川=新黒部の区間というのは大変な豪雪地帯です。しかも標高や地形の関係から、相当の低温になる可能性もありますし、強風を伴う吹雪が発生する危険もあります。こうした過酷な環境を走行する高速鉄道というのは世界でも例がありません。

 そう申し上げると、東海道新幹線は関が原付近でよく吹雪のために徐行しているではないかという声があるかもしれません。ですが、この「吹雪による徐行」というのは東海道では数分の遅れで済みますが、北陸新幹線では致命的な問題になります。とにかく相当の降雪があっても240〜260キロの高速運転を可能にするように、北陸の線路と電車は設計されているのです。その性能確認には、どうしても慎重を期す必要があるのです。

 では、秋田新幹線や山形新幹線があるではないかとおっしゃる方もあるかもしれません。ですが、この2つは「新在直通」と言って、福島から新庄、盛岡から秋田の区間は在来線の軌間を広げただけで最高110キロ運転になっているわけで、豪雪地帯の新幹線とは言えません。国外の例では、中国の北京=瀋陽=ハルピン線が極寒冷地の高速鉄道として建設中ですが、こちらは安全や定時運行に対する思想も基準も全く別ですから、比較にはなりません。

 ということで、JRによれば新造のホンモノのE7系電車を使って13年から14年の冬に徹底的に試験走行を繰り返し、そこで出た問題を14年の春から秋に徹底的に潰し、14年から15年の冬に微修正を行なってハード、ソフト面の体制も含めて練りあげて15年3月の開業を迎えるというスケジュールが現時点では計画されているようです。

 具体的には、特に長野と新黒部の区間で徹底した試験走行を続ける計画と伝えられています。この区間は、世界的にも珍しい豪雪地帯ですから、基本的にはスプリンクラーによる融雪システムが主力になると思われます。ですが、いくら融雪システムを常用しても、気象条件によっては除雪能力を降雪がオーバーするケース、更には車両への着氷という問題も出るかもしれません。

 更に、融雪システムで高架橋上の全ての雪を溶かすことは不可能であり、雪の相当な部分は橋の脇に「貯めこむ」仕様になっています。その雪が貯まり過ぎるのは問題ですから、除雪、とりわけ線路上の除雪だけでなく、高架橋上の「脇に貯めた雪」を高架橋外に吹き飛ばす除雪のオペレーションも必要になるでしょう。これは深夜の作業も含めた24時間体制の問題になります。

 これは、上越新幹線の「越後湯沢=新潟」であるとか、東北新幹線の「八戸=新青森」などで確立してきたノウハウとは次元の違うテクノロジーへの挑戦になるのです。そうしたテクノロジーの全ては、降雪の激しさ、風向風速、気温との相関になると考えられます。また、鉄道の雪対策ということでは、実際に電車を走らせるということ自体がトータルな除雪の一部になっているわけです。

 そうした問題、そして電車への着雪・着氷の問題などを含めると、「実際に使用する新型車E7・W7系」を使用して、厳冬期を中心に「多くの異なる気象パターン」を実際に経験する中で、雪対策のハード・ソフト両面の練り込みをすることは絶対に必要であり、そのためにJRが「ふた冬」をかけるというのは、必要な判断なのです。

 ちなみに、新型車両ではなく新幹線の既存車両(例えば長野仕様のE2系など)でもテストは可能ではないかという声もあるかもしれません。ですが、開業後に実際に走る「12両編成」で「50ヘルツ、60ヘルツ両用」しかも「碓氷峠の急勾配を力強く上って、安全に降りられる」クルマは、現在の新幹線の車両群には存在しません。何よりも車両自体の豪雪対策もテストの重要な要素だということを考えると、E7・W7の編成が落成しないと完全なテストは不可能なのです。

 少々マニアックな内容になりましたが、日本の輸送用機器ビジネスにおける「安全性」の作りこみというのは、このような思想で行われている、これはそのいい例だと思うのです。これは一種の高度な文明といっても良く、もっともっと意識的に自己評価がされてもいいと思います。

最新ニュース

ビジネス

消費税10%時、マイナンバー活用の税還付へ 飲食料品対象=政府筋

2015.09.05

ビジネス

米雇用統計、年内利上げに十分な内容=著名投資家のグロス氏

2015.09.05

ビジネス

米国株式市場は大幅下落、雇用統計で先行き不透明感強まる

2015.09.05

ビジネス

ドル軟調、雇用統計発表も不透明感根強く=NY市場

2015.09.05

新着

BOOKS

日本のインターネットの「屈折」を読み解くキーワード

2ちゃんねるなど日本独自の"アーキテクチャ"に着目し、2000年以降を振り返る『アーキテクチャの生態系』 

2015.09.04
パレスチナ

中間層もインフラも壊滅、ガザは5年後に「居住不能」

ほとんどのガザ住民は国連の配給がなければ生きていけない 

2015.09.04
社会

英語による覇権は、希望か絶望か

英語は「ニュースピーク」ではないが、その世界言語としての地位は思考枠の均質化を招くかもしれない 

2015.09.04
ページトップへ

Recommended

MAGAZINE

特集:持続不可能な中国経済

2015-9・ 8号(9/ 1発売)

構造的欠陥を抱えた中国経済の不透明感に世界が動揺
不安定な中国という「ニューノーマル」とどう向き合う?

  • 最新号の目次
  • 予約購読お申し込み
  • デジタル版

ニューストピックス

BLOGGER'S PROFILE

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

ロッシェル・カップ

TEDで学ぶLive English/ Fake it till yo…

2015.09.02
コラム&ブログ一覧へ
ニューズウィーク日本版2015秋特別試写会「ヒトラー暗殺、13分の誤算」ご招待
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

人気ランキング (ジャンル別)

  • 最新記事
  • コラム&ブログ
  • 最新ニュース
  1. 1

    生涯未婚率は職業によってこんなに違う

    男女差が最大の医師では、女性の未婚率が男性の1…

  2. 2

    消えたMH370便、謎は深まるばかり──史上最大級の航空ミステリー

    マレーシア当局も航空会社も、インド洋の島に漂着…

  3. 3

    【写真特集】中東2000年の歴史を破壊するISISの蛮行

    世界遺産のパルミラで古代の神殿が次々に爆破され…

  4. 4

    中国軍事パレードの主たる狙いは「抗日」ではない

    戦勝70周年軍事パレードで腐敗摘発や不安定化し…

  5. 5

    ロシアが戦闘機とミサイルで「北極軍」を増強

    北極圏での領有権拡大を試み、軍拡を推し進める意…

  6. 6

    バラエティ番組も禁止の「軍事パレード」仰天舞台裏

    抗日戦勝記念式典で、北京五輪以上の全体主義的な…

  7. 7

    中国、株価操作への「捜査協力」で英投資会社の現地トップを拘束

    金融記者に続きヘッジファンド運用大手の中国部門…

  8. 8

    英仏海峡の高速鉄道、屋根に難民!で緊急停止

    英仏海峡トンネルを通って豊かなイギリスを目指す…

  9. 9

    打倒ISISで2大テロ組織が共闘

    あのアルカイダが自らタリバンの軍門に下るほどの…

  10. 10

    「年内利上げ」は立ち消え。米経済の本当の回復度

    ドル高、人民元切り下げ、原油安の進行という経済…

  1. 1

    首相談話についても、アメリカ人なので語りません

    お待たせしました! 大好評の「むかつくアメリカ人…

  2. 2

    中国「抗日戦勝記念式典」のねじれた正当性

    それにしても、中国が主催してロシアが賛同する…

  3. 3

    レイプ事件を隠ぺいした大学町が問いかけるアメリカの良心

    モンタナ大学(州立)がある地方都市ミズーラでは、…

  4. 4

    世界同時株安でも、日本で楽観的な声が聞こえてくる理由

    〔ここに注目〕日本郵政グループの運用資金…

  5. 5

    サイバー攻撃で、ドイツの製鋼所が甚大な被害を被っていた

    2014年12月末、ドイツ政府の情報セキュリティ…

  6. 6

    国連選定「電子政府世界1位」の韓国で国民番号制度見直しの動き、日本のマイナンバーは?

    日本でいよいよ2015年10月からマイナンバーの…

  7. 7

    「維新の会」分裂は政界再編に繋がるのか

    2012年に大阪維新の会が国政参加を表明した…

  8. 8

    Fake it till you make it.(うまくいくまでは、うまくいっているふりをする)

    【今週のTED Talk動画】 Your bod…

  9. 9

    レイプ写真を綿々とシェアするデジタル・ネイティブ世代の闇

    ここ最近、読んでいるだけで、腹の底から怒りと…

  10. 10

    安保法案については、アメリカ人だから語りません

    【はじめに】 僕らアメリカ人が日本の安全保障問…

  1. 1

    米原油の輸出規制、解禁なら国内ガソリン価格は下落へ=EIA

    米エネルギー省エネルギー情報局(EIA)は、…

  2. 2

    タイ爆発、実行犯と似た外国人逮捕 旅券に「ウイグル出身」

    タイの警察当局は1日、首都バンコクで起きた爆…

  3. 3

    韓国大統領が習国家主席と会談、北朝鮮問題で中国の役割に謝意

    韓国の朴槿恵大統領は2日、中国を訪問し、北京…

  4. 4

    中国軍艦5隻、オバマ氏訪問のアラスカ沖で確認 米「意図不明」

    米国防総省は2日、オバマ大統領が訪問中のアラ…

  5. 5

    欧州で拡大する難民流入、ドイツは公平な分担求める

    欧州連合(EU)にかつてないペースで難民や移…

  6. 6

    中国は平和的発展の道歩む、軍の規模縮小へ=習国家主席

    中国の習近平国家主席は3日、抗日戦争勝利70…

  7. 7

    中国の工場で爆発相次ぐ、甘粛省では7人死傷

    中国の甘粛省隴南市にある花火工場で1日午後、…

  8. 8

    幼児の溺死写真が大きな波紋、難民流入問題でEU協議へ

    地中海を渡って欧州を目指す難民の問題が深刻化…

  9. 9

    米原油在庫予想外の増加、製油所処理量減少や輸入急増で=EIA

    先週の米原油在庫が予想外に増加した。製油所の…

  10. 10

    アングル:中国失速でドイツの退潮鮮明、対中輸出の強さ裏目に

    中国への輸出は長年、ドイツ経済の力強さの源と…