コラム

さかもと未明氏の「機内で泣く幼児にブチ切れ」コメントをどう考えるか?

2012年11月21日(水)12時16分

 漫画家のさかもと未明氏が、月刊誌「VOICE」2012年12月号に掲載したコメントは同誌発行元のウェブサイト「衆知」で公開されていることもあって話題になっています。

 さかもと氏は、今年の夏に国内線の航空機に搭乗したところ、「赤ちゃんが泣き叫び通しだったのにブチ切れてしまったのだ。だって、客室乗務員さんが母親と一緒にあやしても泣きやむ気配はないし、逃げ込む場所もないんだもん。」という経験をしたのだそうです。

 その場の状況ですが「その赤ちゃんは、たぶん1歳くらい。どうしてそんな体力が、と思うくらいに離陸から泣き叫び通しだった。(中略)お母さんもどうにもできなくてホトホト困っているのがわかる。ほかのお客さんも「言い聞かせてなんとかなる年齢ではないし、仕方ない」と思っているみたい。」だったそうです。

 さかもと氏は「でも、私は耐えられなかった。「もうやだ、降りる、飛び降りる!」」ということで、「着陸準備中の機内を、出口に向かって走り始め」(完全に航空法73条違反です)、機内でも、更に飛行機が羽田に着陸した後も航空会社に対して、激しくクレームを言い続けたのだそうです。要するに、機内で泣くような幼児は飛行機に乗せるな、どうしても乗せるのであれば隔離できる空間を作れという主張で、航空会社としては受け入れられるはずもありません。

 このコメントに関しては、例えばつんく氏は「15年前飛行機で離陸から着陸まで泣いてた赤ちゃんのママと目が合った。『すいません。疲れてはるのに居眠り出来なかったでしょ』って。『いえいえ、2時間泣いてたこの子が一番がんばった。エライエライ』って言ったらママさんが涙しはった。今ならこのママさんの涙の意味がわかる。子供は泣くさ」とツイートしています。

 また、乙武洋匡氏もこの記事へのツイートとしては「僕とは相容れないなあ」として、6年前に同様の経験をした際のコメントを紹介しています。そこでは、連れている子どもが泣いてしまった母親について「そのチビッコが『ギャーッ』と泣き出したときなど、お母さんの心臓がビクッとなるのが聞こえてきそう」だと同情しつつ、そういう「済まなさ」をお母さんに強いることについても「何だか『申し訳ないなあ』と思った」としています。

 私も、自分が3人の子供を育てた経験から公共の場所で子供が泣いた際の苦労は身に沁みているということもあり、基本的には、つんく氏や乙武氏のコメントに同意します。例えば小中学生などへの教育においては、つんく氏や乙武氏のような姿勢を「デフォルト」として説得力を持って訓育を施す、それも一切ブレなく徹底的に教えるということは必要だと思います。

 ですが、その一方で、このような立ち位置から、さかもと氏のことを批判しているだけでは、例えば日本社会の閉塞感を破って少しでも前へ進むためには、余り効果はないようにも思うのです。

 私は日本で新幹線に乗るのが好きですが、新幹線の社内で幼児が泣くと車両の中の雰囲気が凍るのを感じます。幼児とそのケアをしている親以外の、ほとんど全ての乗客が深く静かに強い不快感を抱いているのが感じられるからです。

 どうしてなのだろう? 私は常にこのことに疑問を感じていました。「この人達は人生に疲れていて、自分がかつて子供であったこと、つまり無邪気な童心ということから遠く離れてしまっているのだろう」とか「もしかしたら、様々な理由で親になれなかったり、ならなかったりしたために、子育ての苦労と喜びを知らないのだろう」あるいは「育児を完全に妻に任せて何もしなかった結果、子供への愛情も持てず、子供からも愛されなかった屈折があるのだろう」などと、失礼にも色々な「仮説」を考えていたのです。

 ですが、それは違うのです。

 新幹線の乗客にしても、さかもと氏にしても、どうして「泣く子供」に拒絶反応を示すのかというのはもっと深い理由があるのだと思います。

 それは愛情の渇望状態にあるということです。大人として幼い者に対して「注ぐべき愛情の余剰」を持ち得ていないどころか、「社会苦や経済苦、身体苦、個人的な生きにくさ」などから「今、無条件に愛情を注いでもらいたいのは自分のほうだ」という渇望状態にあるのです。

 どうして「泣く子」への激しい拒絶反応が出るのかというと、何も考えずに「泣き叫んで愛情を要求できる」幼児に対して、自分は「同じように激しく愛情を渇望している」にも関わらず「幼児のように要求することは許されていない」からです。それが物理的な「うるさくて落ち着かない、眠れない」という感覚と合わさって暴走するのだと思います。

 つんく氏や乙武氏の言うように、確かに「泣いている子供を抱えたお母さん」に同情と理解をすることは必要でしょう。ですが、子供の泣き声に深層からの拒絶反応を示してしまうぐらい、激しい愛情の渇望状態にある、つまり自己肯定感を軸に「愛情を与える」側ではなく、愛情の渇きで苦しんでいる人々への同情と理解ということも必要なのではないかと思います。

 人類は古代からこの問題と取り組んできました。「宗教」という形態を取って人間の心理面でのトラブルを回避するというアプローチが多かったように思います。典型的なものは、古代のユダヤ世界でキリストの弟子と自称した人々が書き残した書簡類に見られ、今でも世界的な影響力を持っています。

 ですが、日本の社会は様々な経緯から、そうした「宗教」による解決ということを好まなくなっています。それはそれで、脳内での飛躍を許さないという誠実さがあるわけで、非宗教的にこの問題、つまり人々の愛情への渇望感や自己肯定感の欠損と「戦う」ということの意義は大きいと思います。

 話が大げさになりましたが、どんなに愛情を渇望している人でも、そうした状態というのは静的ではないのです。ほんの少しでも、他人の役に立とう、役に立てたという「動的な」経験があれば、それが自然に自分の中で「人に愛情を与えられるようなプラスの貯金」になっていくメカニズムがあるのです。

 東日本大震災でボランティアに行った人が「被災者に勇気をもらった」という感想を持つことが多かったようです。確かに被災者への生活への戦いは勇敢であるわけですが、同時にこれは「人の役に立てた」ということが、自分の心のなかに「自己肯定感の貯金」になる例と考えることもできます。

 さかもと氏の場合も、降下中の飛行機の機内で走り回る度胸があるぐらいなら、思い切ってお母さんや客室乗務員と一緒になって「子供さんをあやす」行動を取ればよかったのではないでしょうか。その子供さんが泣き止むかどうかは別にしても、自分の中で不思議に心が落ち着く効果があったのではと思われるからです。

<お知らせ>
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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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