コラム

株が20%暴騰するような好決算がどうしてネガティブ報道になるのか?

2012年10月26日(金)12時38分

 アメリカのフェイスブック社は23日(火)の時間外に第3四半期(Q3)決算を発表しました。内容は、売上が12億6000万ドルで前年比32%アップ、また「PCからスマホへのユーザーの移動」による業績低迷懸念に対して、モバイル関連の売上の伸びもアナリスト予測を突破したということで、市場はこれを好感し、翌日の同社株はほぼ前日比20%アップで推移して、終値も19.1%アップで引けています。

 この大型株が一日で20%アップというのは「暴騰」と言っていいでしょう。市場がいかに好感したかは明白です。ですが、この同じ決算について、日本での報道は奇妙でした。以下、電子版ニュースの見出しを並べてみます。(順不同)

「米フェイスブック、5900万ドル赤字 7~9月期決算」(朝日新聞)
「フェイスブックが赤字決算 7~9月期、2四半期連続」(北海道新聞)
「フェイスブック 赤字決算 2四半期連続で」(スポーツニッポン)
「フェイスブック、47億円赤字・・・開発費膨らむ」(読売オンライン)
「フェイスブック、7~9月期も赤字に 2四半期連続」(MSN産経ニュース)
「フェイスブック 47億円の赤字」(NHKニュース)
「フェイスブックの7~9月期、赤字続く 株価時間外で一段高」(日経新聞デジタル)

 各社とも、売上が順調に伸びたことは記事の中で言っていますし、日経と朝日など株が上がったことに触れているものもあります。ですが、見出しとしては「赤字」であり、それも「連続赤字」とか「47億円」あるいは「5900万ドル」という表現になっているというのは変わりません。これでは、忙しい人は見出しを見て「フェイスブックの業績は今回も悪かったんだ」と思ってしまうでしょう。

 私は、以前から思ってたのですが、仮にこの記事「だけ」を見て株を売ったり買ったりしていたら、まるで市場の動きとは別の判断になるわけで、巨大な損失が出てもおかしくありません。下手をすれば、損害賠償をされてもおかしくないような「奇妙な報道」だと思うのです。

 ムリに比喩的な例を申し上げるなら、大変に凶悪な事件の判決があり、被害者の家族も世論も無期以上を期待していたとします。にも関わらず判決は執行猶予付きだったようなケースに「有罪判決下る」という見出しをつけるような話です。誤報ではないかもしれませんが、対象となる事象について、必要な「文脈」の中での意味を考えて報道することも、そもそも報道している事実の持つ「意味」を伝えることができていないのです。

 どうしてこうなるのでしょうか?

 まず一般論として言えるのは、一般紙における「経済ニュース」というのは一切の専門知識なしでも読めるレベルに「抑える」という前提があるとか、最初に通信社が米国のメディアの動向から第一報を配信すると「横並び」で事務的に記事が作られるということが考えられます。妙に「主観的」なコメントをつけると問題になるので「赤字」という事実だけ流しておけば安全であるという、何とも悲しい判断もあるのかもしれません。

 ですが、この問題が示唆しているのは、もっと深刻な問題だと思うのです。

 1つは、長い間こうした報道が続いたこともあって、日本社会にはベンチャー経営への絶望的なまでの無理解が定着しているということです。技術を開発し、市場を開拓するというのは「投資」です。最初にカネをかけて、その後で回収をするのです。ベンチャーというのはそういうことです。

 ですから、最初は赤字でいいのです。個々のベンチャーでもそうですが、企業内の新規事業や新製品でも同じです。最初は赤字でいいのです。といいますか、最初に思い切ったカネを投入しないと、技術もできなければ市場も開拓できないのです。

 そうしたリスクを取った行動をベンチャーと言って特殊視することが、そもそも問題です。現代の自由経済とか企業活動に取っては常識だとすら言えるからです。それを「赤字は赤字」だという風にしか受け止めないのであれば、変化の早い時代に合わせた企業の経営もできなければ、企業への投資もできないことになります。

 第2は逆はどうかという話です。「赤字は赤字だからダメ」という表面的な見方は、裏返せば「中身はともかく黒字なら黒字」という見方につながります。最近の日本のエレクトロニクス産業に関して言えば、急に設備や製品の処分損が出始めて2期から3期大きな赤字を計上すると資金繰りも危なくなるというケースがほとんどですが、多くのケースでは赤字になる前の黒字の段階で兆候はあったはずです。

 その段階で思い切った赤字を覚悟で設備などの「損切り」ができれば企業の存続そのものが危うくなる前に方向転換ができたのかもしれません。ですが、「赤字は許されない」という文化的な、あるいは企業内外のプレッシャーの中で、「先送りのできる損は先送る」という判断がどうしても出てきたのだと思います。

 考えてみればオリンパスの問題も、もっと早い時点で「損を表に出す」ことができていれば、ここまで大きな問題にならなかったか、少なくとも「そもそもの投資損を出した張本人」を断罪して済ませることができたはずです。

 3つ目は、国際競争の問題です。この問題は、日本の産業界が国際的な会計基準の「精神」つまり「形式ではなく実質」が重要であり、「目に見えるもの」だけでなく「目に見えないもの」も資産として評価したり減損したりすべきだという基本理念を理解していないということから来ています。開発というのは将来へ向けた投資であり、カネを経費として消費しているのとは違うということです。

 この点に関して言えば、外国市場に上場しなければそんな発想は必要ないとか、そんなことでは日本式の原価計算ができなくなるという声が相変わらず多いようです。ですが、どんなに「日本では事情が違う」と居直ってみても、中国や韓国のライバルはとっくにこうした発想で海外からカネを集め、国際的な土俵で戦っているのです。

 いずれにしても、フェイスブックの赤字は「ダメではない」のです。赤字会社を評価して株価を動かしたりするのは「投機好きのカネの亡者」や「ハイエナ」の思想ではないのです。

 本稿のアップ直前にちょうど、アップルの四半期決算が飛び込んできました。売上は期待通りだったが、在庫処分(iPhone と iPad の旧製品が主)などのコストがかさんで利益は思ったほど伸びなかったというのが市場の見方で、時間外取引での株価は下げています。ですが、日経新聞の電子版では「米アップル純利益24%増 iPhone5で収益拡大」でした。見出しだけでなく、内容もそうしたトーンで終始していました。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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