コラム

アメリカにはどうして「ダディズ・ガール」が多いのか?

2012年04月02日(月)11時35分

 監督に役者に大活躍のジョージ・クルーニーですが、2011年に関して言えば、監督作品としては "The Ides of March" (『スーパーチューズデー~正義を売った日」という邦題で公開中)ですが、一方で、彼の役者としての成果としては、やはり "Descendants" (『ファミリー・ツリー』という邦題で日本では5月に公開予定)になると思います。この作品での演技に関してクルーニーは、ゴールデングローブの主演男優賞を取り、オスカーでも主演男優賞候補になっています。

 この映画ですが監督はアレックス・ペインで、今ハリウッドで「一作ごとに大きな期待を集める」人気監督です。前作の『サイドウェイズ』では、ポール・ジアマティ、更にその前の『アバウト・シュミット』ではジャック・ニコルソンといった芸達者を起用して、人生の危機に陥った人物が、親しい人間との関係を再構築することから危機を脱して行くというドラマを作り続けている人です。

 そのペイン監督が今回起用したのがクルーニーというわけですが、本作は劇的な展開そのものに妙味があるので、ストーリーの紹介は控えます。ただ、お話の基本としては、危機に直面した家族の話、とりわけクルーニー演じる父親が、言うことを聞かない高校生の娘に対して関わって行く姿が重要な要素として扱われていることは申し上げても良いでしょう。ちなみに、この長女役を演じた、シャイリーン・ウッドレイという子役出身の女優は、劇性の強いセリフの言い回し、目線の強さなどに才能を感じさせこれからの活躍が期待されます。

 さて、この映画の最大の魅力は、クルーニーとウッドレイによる「父と娘」のドラマですが、この作品が評価された背景にあるのは、アメリカの「ダディズ・ガール(お父さんっ娘)」というカルチャーです。勿論、例外は沢山ありますが、「父親と娘」の関係というのはアメリカではかなり密接である場合が多いのです。娘の方で堂々と「自分はダディズ・ガール」だということを公言することもあるぐらいです。

 野球狂の父親からキャッチボールを仕込まれて、中学から高校にかけてソフトボールに青春をかける少女たちは数多くいますし、その地域ソフトボールの指導者も父親たちによって占められています。私の住む町でも、リトルリーグの少年野球組織に女子のソフトボールのリーグが併設されていますが、お父さんたちの生態を見ていますと、リトルの監督たちよりも、ソフトの方が「のめり込み度合い」は強いように思います。

 アメリカの女子サッカーのレベルが高く、裾野の広さを誇っているのにも似たような理由があります。それはアメリカン・フットボールに熱狂的な父親の存在です。男の子ならアメフをやらせたかったのだが、女の子なのでアメフの「代替」としてサッカーをやらせるのです。そして、ソフトと同じようにお父さんたちが監督やコーチになって熱血指導を繰り広げ、また「走れ走れ」の基礎練習で運動量を磨くのです。

 ですから、アメリカのサッカーというのは全体の攻撃ラインを上げて行くというよりは、縦パスを強引に通すのが好きだったりするのですが、その辺は宮間選手などは十分に分かっていると思います。それはともかく、ソフトやサッカー、更にはものすごくディープな世界である女子バスケなどでも、多くの場合は「密接な父と娘の関係」というのが背景にはあるわけです。

 この辺は、日本のカルチャーとは相当に違います。例えば、最近でも日本のビジネス雑誌が「あなたの娘は何を考えているのか?」という特集を組んでいますが、その中に出てくるアンケート結果では、「結婚相手にはお父さんと似たタイプを選ぶか?」という質問に対しては、女子高校生の49%が「ノー」と答えています。アメリカでは出てこない数字だと思います。

 確かに日本では「父と娘」の関係というのは悪いのが当たり前で、娘たちは「ウチのオヤジはキモいから」などと自分の父親のことを散々に言っているようですし、父親の方といえば「最近の娘は何を考えているのか分からない」ということになるわけです。ビジネス誌の特集になるぐらいですから、相当に深刻な問題なのでしょう。

 更に言えば、最近の日本の社会では、年を追うごとに「オヤジ的なるもの」に対する女性たちの忌避が強まっているようにも思います。通勤時の女性専用車や、ホテルのレディースフロアに関しては、不心得者の男性からの防衛措置として必要なのでしょう。ですが、鉄道や航空機のトイレが男女別になっていたり、体臭の問題が厳しく言われたりするというのは、勿論本当に周囲の人が気分が悪くなるなど、発生源に相当な問題がある場合もあるのかもしれませんが、国際的な常識から見ると例外的なゾーンに入ってきているように思います。

 そうした「父なるもの・オヤジ的なるもの」への忌避や嫌悪というのが、ここまで社会的に広がってくるという背景には何があるのでしょう? 一つには「父の不在」という問題があると思います。日本のオフィスワークが非効率で長時間化する中で、とにかく自分たちが育った環境の中に「父の存在感がない」ということが一つあるでしょう。

 あとは特に「サラリーマン」の場合などで、父親が上司や取引先に頭を下げてやっているサバイバルゲームの印象が、十代の娘たちには全く魅力が感じられない、つまり「身近な異性として格好よく見えない」という問題があるように思われます。家に帰って会社の愚痴をこぼす「自尊感情のなさ」を見せつけられることへの嫌悪とでも言いましょうか。更に言えば、母親が自分の夫のことを「良く言わない」というカルチャーが少女たちの感覚に大きな影響を与えているのかもしれません。

 軽率な議論をしてはいけないのかもしれませんが、この問題、つまり「父と娘」の関係という問題は、非婚少子化という現象を考える上でもカギになるのではと思います。勿論、お父さんという最初の異性と仲良しのアメリカの娘たちは簡単に結婚して子供を作るので、それを見習えば良いなどという乱暴な議論で終わらせては何にもなりません。ですが、国際的に見て日本の状況は相当に極端なところへ来ているのは否定できないと思います。公開は5月の連休明けになるそうですが、『ファミリーツリー』でクルーニーが演じた「父と娘」のドラマは日本ではどのように受け止められるのでしょうか?

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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