コラム

オーラを失ったオバマ、クリントン夫妻を頼るしかないのか?

2010年11月01日(月)12時03分

 明日の中間選挙投開票を前に、各世論調査の結果はますます民主党には不利という予想になっています。下院(定数435の全員改選)では、38議席差をひっくり返されるどころか、逆に15~20議席差で共和党が多数になるというのは、ほぼ確定的という見方が主流です。問題は上院で、定数100の今回改選は3分の1ということで、さすがに52~53は民主党がキープするという見方が濃厚だったのですが、ここへ来て何とも微妙な情勢となってきました。

 例えばネバダ州です。ここは民主党の上院院内総務のハリー・リード議員が圧倒的に強かったのですが、そこへシャロン・アングル女史という「ティーパーティー系」の候補が共和党予備選で勝って殴りこみをかけてきたのです。選挙戦の序盤では「国連脱退」とか「児童福祉の国費助成反対」など極端な主張をしてきたアングル候補への疑問から、リード氏の形勢有利という雰囲気もありました。ですが、アングル候補は「ケンカも論戦も一切買わない」というダンマリ戦術と、逆にリード陣営の「中傷広告」への批判を徹底してポイントを稼ぎました。

 これにラスベガスの高失業状態による現職不信が加わって、アングル有利という情勢となっています。狼狽した上院民主党内では、院内総務の代替人事まで取り沙汰される事態となりました。こうなると、51対49あるいは上院では50対50で拮抗という可能性もゼロではないわけで、さすがにオバマ陣営としては「真っ青」という状況です。

 そこで、オバマは、2008年の当選時に自分を圧倒的に支持してくれた若年層にアピールすべく、TVのお笑いバラエティ番組「デイリーショー」に出演、司会の人気コメディアン、ジョン・スチュワートとの公開対談に臨んだのです。ですが、そこでオバマ大統領は決定的なことを言ってしまいました。スチュアートの「今でも "Yes, we can." は大丈夫ですか?」という質問に対して、 "Yes, we can. But...." とやってしまったのです。 Butというところで、スタジオは凍りついてしまいました。

 勿論、アドリブには強いオバマですからButに続いて「でも時間がかかるんですよ」という言い方で逃げていました。また、この "Yes, we can. But...." については、翌日以降の新聞やTVではそれほど話題になってはいません。ですが、ある意味ではオバマの「オーラが消えた瞬間」だったとも言えます。2008年に大統領に当選し、翌年1月に200万人という大群集に祝福されて就任したという「政治的資産」を使い果たしたという見方も可能です。

 では、このままオバマ政権は「ねじれ議会」に耐えられずに下降線をたどって、2012年の「2期目へのチャレンジ」には惨敗するのでしょうか? そうは単純には行かないと思います。まず「ねじれ」とはいっても、日本の議院内閣制とは全く異なるのです。まず、議会は一枚岩ではありません。「党議拘束」という慣習がなく、法案一つ一つについて自分の政策と、選挙区の意向を受けて各議員は独自に賛否を決めるわけで、そこに大統領の権力が及んでくるのです。ホワイトハウスとしては、例えばどうしても通したい法案がある場合は、たとえ与党が過半数を失っていても「何も通らない」ということはありません。共和党の穏健派を一本釣りしてでも通す、ある種の法案についてはそうした「力技」が可能なのです。

 逆に議会が自分の気に入らない法案を通してきた際には、大統領は「ビトー(拒否権)」を行使して法案を葬り去ることもできます。これは憲法上に認められた「三権分立」の根源に関わる問題であり、日本の自民党政権の末期に「再可決」がされるたびに批判を受けたように、ビトーの乱発を自粛する必要もありません。

 ですが、一本釣りとビトーだけでは政局は回りません。そこで議会の長老とのネゴ、つまり「寝技」がモノをいうことになります。寝技というと、実は上院議員時代のオバマ大統領は、当選直後の新人議員時代から「共和党長老とのネゴ」は得意だったのです。「とにかく、あなたのお話を聞かせてください」と頭を下げて回り、特に中道穏健派の共和党議員からは「可愛がられ」てもいたのです。では、この方式で、ねじれ議会をオバマ流のネゴで乗りきれるかというと、そう簡単ではありません。

 先ほどの "Yes we can. But...." という失言でも見られるように、オバマというのは正直な人です。正直というのは、時には人間の美質ですが、ときには欠点にもあります。特に、オバマの場合は「相手がバカだと分かると、それが顔に出る」という悪い意味での正直さがあるのです。これは「ティーパーティー系」の「極端なポピュリズム」と「サシで勝負」はできません。そうなると、どうしても「本職の寝業師」が必要になってきます。必要に応じて政治は心理戦と割り切り、どんな相手でもニッコリ持ち上げながら時には冷酷な判断も下す、民主党の中でそうした「プロ」はといえば、他でもないクリントン夫妻であり、その系列の人々です。

 例えば、ビル・クリントン元大統領は、「ティーパーティー」の公認候補に反旗を翻して「分裂選挙」に突っ込んでいる共和党系中道候補を「民主党に引っ張り込む」、そのためには「第3位につけている民主党候補に立候補を辞退させる」という荒業を仕掛けているという報道もあります。フロリダ州がそうなのですが、このネゴは今のところ成立していませんし、真相はヤブの中です。ただ、事実だとすれば、紳士的なオバマにはとてもできない芸当だと言えるでしょう。

 一方で、ヒラリー・クリントン国務長官は、南シナ海問題で中国相手に一歩も引かない姿勢を見せています。この対中強硬姿勢というのも、政治経済そして軍事が複雑に絡んだ米中関係に関して、攻めの姿勢に出ながらキレイ事ではないバランス感覚を維持する、これもクリントン流だと言えるでしょう。ヒラリーは、オバマの長期的な理想論には感服しているように見せながら、政治の修羅場をくぐり抜けてきた人間として、独特の持ち味を出し始めているようです。

 考えて見れば、ビル・クリントン政権も発足2年目、1994年の中間選挙で惨敗を喫し、以降は「ねじれ議会」との厳しい対決が続いたのでした。例えば、共和党が上下両院を占める議会から「均衡財政の即時実施」を要求されたのですが、これを政治的な粘りで退ける一方で、結果的には「IT革命と金融グローバリズム」の好景気によって、均衡財政どころか財政黒字を達成して、成功裏に8年間の政権をゴールまで「完走」しています。その成功にあやかれるかどうか、オバマ大統領は、このクリントン人脈、クリントン流に学んで政権のサバイバルを目指すしかないようです。とりあえず、明日はオバマの負けっぷりに注目というところでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ほぼ横ばい、経済指標や企業決算見極め

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米指標やFRB高官発言受け

ビジネス

ネットフリックス、第1四半期加入者が大幅増 売上高

ビジネス

USスチール買収計画の審査、通常通り実施へ=米NE
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story