コラム

アメリカの「自称OTAKU」には日本の「オタク」を見下す権利はない

2010年11月22日(月)12時06分

 静岡県熱海市の老舗温泉旅館「大野屋」の経営が行き詰まり、民事再生法の適用を申請して営業を続けながら再建を目指すことになったようです。このニュースは、恋愛シミュレーションゲーム「ラブプラス+」の舞台になった「特需」をもってしても自力での再建ができなくなったというエピソードとともに伝えられることが多く、余計に温泉リゾート熱海の凋落を際立たせていました。

 この「ラブプラス+」というゲームでは、若い男性の主人公キャラが若い女性と交際を深め、ある程度親密になると熱海に1泊旅行するというストーリーが設定されているのですが、このゲーム中に実名で登場した大野屋旅館では、ゲームのファンの宿泊が増えていたようです。何でも、予約時に「ラブプラス+」と告げれば男性1人でも布団を2組用意するサービスがファンにウケていたそうで、熱海市としてはこのゲームのファンを市として歓迎する政策を取っており、大野屋はその中核に位置づけられていた中での出来事というわけです。

 今年2010年の7月から8月には、熱海市を挙げて「ラブプラス+現象(まつり)」というキャンペーンを行っていたのですが、アメリカでの反響は予想以上に大きなものがありました。特に大きな記事を組んでいたのは『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙で、9月2日には国際面の半分を使った記事を掲載しており、本来はもっと大きな注目がされても良かったはずの「民主党代表選への小沢一郎氏の立候補」というニュースはかすんでしまっていました。

 この他にも、異文化ネタを「自然現象同様の好奇心で語る」ことの好きな「ディスカバリー・チャンネル」のサイトですとか、米ヤフーなどでも大きく取り上げられています。その中には、実際に「大野屋」に取材して「ゲームをプレーしながら宿泊する男性客には、完全に『お二人様』という扱いでのトークが提供される」などとして、対応の訓練をした旅館関係者の苦労話など、日本のメディア以上に詳しい紹介がされていました。「もっと気味が悪いと思っていたら意外と紳士的でした」などという「焼肉屋さんの証言」までが英語で垂れ流し状態だったのです。

 新聞やサイトの報道自体は「異様に詳しい」ところに「差別感覚」がチラチラするだけでしたが、最近のウェブ報道につきもののインタラクティブな読者参加の部分では、とにかく日本の「オタク」を見下すような差別的な文言に満ち溢れていました。批判的な書き込みは男女双方からあり「自分は健全なOTAKUだと思ってきたが、これは不健全」だとか「女OTAKUの自分にしても、こんな男性は気味が悪い」などという「オタクの定義」をめぐる混乱と違和感、そして「こんなの日本だけだよ」とか「悲劇だな」などというような感じで「一人で熱海に泊まるゲームファン」への差別的なコメントが溢れていたのです。

 実はこれには伏線がありました。アメリカでは日本のアニメやゲームは相変わらずたいへんな人気を誇っており、その勢いは衰える気配がありません。人気が拡大するとともに、アメリカ人のアニメやゲームのファンの若者は日本語を勉強したり、日本人と接触したり、あるいは実際に日本へ行って「OTAKUを極めよう」とするのですが、そこで大きな壁に突き当たるのです。それは「女の子のオタクはありえない」という視線、そして「リアルな男女交際の機会に恵まれている人間は純粋なオタクではない」という視線です。そこでアメリカ人の自称「OTAKU」は自身の情熱にも関わらず「オタクとしての正当性」を否定されたような思いがして非常にフラストレーションを貯めこむことになっていたのです。

 今回の「ラブプラス+」ファンへの差別感情の噴出と背景には、そんな現象、つまり「女だったり、彼女がいる人間はどんなに頑張っても正当オタクとはみなされない」ことへの怒り、理不尽な思いというのがあったと言えるでしょう。では、彼等アメリカのアニメファン、自称「OTAKU」たちによる「気味が悪い」という書き込みは正当化できるのでしょうか? 私は違うと思います。日本のカルチャーが、特に男女関係の表現において過剰なまでの繊細美、非日常的な洗練を保ってきたのには、理由があるからです。

 それは、自由な男女の交際を禁忌だとする「上の世代」や「公権力」の抑圧が前提としてあり、これに対する反発力が表現の原動力となってきたという点です。江戸時代の文楽や歌舞伎に見られる心中の美学、明治から昭和期の文学における自然主義や白樺派の(両派では表れ方は正反対であるにせよ)性的な屈折など、表層にあった男女関係の風俗は人生の歓喜や関係性の安定ではありません。むしろ、関係性の病理や孤立などが表層にあり、それが内側から突き上がるような反骨のエネルギーによって浄化され様式美として結晶しているのです。

 私は、いわゆるアニメに出てくる人物の表現や恋愛観、関係性のパターンなどにあるダイナミズムにもこうした文化の伝統を感じます。男女の交際を巡る禁忌の意識や権力による禁止というのは、今でも実際に若者を束縛しています。高校において自由な男女交際のカルチャーがあるのは、都市部のエリート校か放任された底辺校だけで、その他には様々な形で抑圧がかかっています。家族が次世代のカップル形成に非協力的な文化も、価値観が多様化する中でも全平均としてはまだまだ残っています。

 いわゆる美男美女以外は「非モテ」という悲劇的な自己規定なり、リアルとヴァーチャルの分断という文化についても、表層には同世代同士での過剰な理想像の絞り込みから来る金縛り的な悲劇があるわけですが、その背景に社会的な「個と個の男女交際」への禁忌意識が見え隠れする点では江戸時代以来の「悪しき伝統」が続いているようにも思います。日本のアニメやゲームの表現が、繊細さと非日常への想像力を獲得しているのは、実は「リアル」の世界における困難さの裏返しだと言って良いでしょう。

 そうした困難さの結果としての表現の洗練を楽しんでいるくせに、「俺達には明るい男女交際は自然なので、熱海に集まるオタクはキモイ(weird)」などとアメリカの「自称OTAKU」のアニメ・ゲームファンが、日本の「真性オタク」を見下すのは「それはないだろう」と思うのです。そんなことを言って偉そうなことを言うぐらいなら、日本の中で閉塞感に向き合っている若者の心を奮い立たせ、異性へ、リアルへ、国の外へと突っ走らせるような壮大なラブストーリーでも提示してみろよ、そんな文句も言いたくなろうというものです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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