コラム

「パーティー・クラッシャー」騒動の背景

2010年01月22日(金)12時21分

 昨年の11月に、インドのシン首相夫妻を迎えた国賓晩餐会にサラヒ夫妻という招待状のない「パーティー・クラッシャー」がホワイトハウスの晩餐会に侵入したとして騒ぎになった事件は、いまだに尾を引きずっています。今週はついに夫妻が議会で証人喚問されるという事態に発展しました。もっとも、議会は「事件直後」から夫妻の喚問を執拗に迫っていたのですが、夫妻は「ホワイトハウスのセキュリティによる事情聴取には応じたので、議会の喚問を受ける必要ない」と拒否していたのです。その背景には、特に共和党側からの、民主党政権のホワイトハウス当局の失態を攻撃したいという意図がミエミエだということで、ホワイトハウスが夫妻をガードしていたということがあるようです。

 この点に関しては、ここのところ補選に負けたり、与党としては共和党に押されている面があり、共和党から強く喚問をという声があったので拒めなくなったのかもしれません。さて、その証人喚問では共和党の議員たちは(民主党議員もそうですが)激しい調子で「ホワイトハウスのセキュリティには国の安全と威信がかかっている」のだから「正式に招待を受けていないあなた方が侵入したのは大変な犯罪だ」と2人を非難しました。夫妻としては、とにかく刑事事件にもなっていることから、弁護士を控えさせて一々相談しながらほとんどの質問に関しては「お答えできません」と黙秘権を行使していました。

 中には「国家の安全が侵された重大な犯罪なのに、黙秘権を行使するとは何事だ」と語気を荒らげる議員もいたり、多くの議員はカッカしていたのですが、良く考えれば、結果的に他でもない「オバマ大統領夫妻を守りたい」と言っているに等しいわけです。ですから共和党としても、民主党のホワイトハウスを非難してゆく延長に、大統領まで批判しようという感じは余りないのです。この点を取ってみても、オバマ大統領の求心力低下は確かに補選の敗北や支持率低下という形で出てきていますが、そのカリスマ性が大きく薄れているとまでは言えないと思います。

 では、どうしてこの「パーティー・クラッシャー」問題がいつまでも議会で蒸し返されるのでしょうか? それは12月25日に起きたデトロイト着陸機爆破未遂以来、ピリピリしているアメリカの「セキュリティ」意識の1つの象徴になってしまっているからだと思います。その流れで言えば、昨年末からの短い期間にニューヨーク近郊の空港で事件が相次ぎました。1つは、この欄でもお伝えした、ニューアークで見送り客がセキュリティチェックをかいくぐってゲートに侵入した事件です。この時は、約6時間も空港閉鎖になっています。またこれに続いて、NYのJFK空港では逆に到着客が非常口から消えてしまって、これまたターミナル閉鎖になったりというわけで、セキュリティには非常に神経質になっている世相が背景にはあると思います。

 神経質と言っても、もっと空港の検査を厳しくして欲しいという風にエスカレートするわけではないのです。もっと漠然とした形で人々は神経質になっており、この「パーティー・クラッシュ」事件は、そうした人々の「カンに障った」ということなのでしょう。そこには、様々な意識が見られます。「ホワイトハウスの晩餐会ぐらいなら、厳密にチェックできるはず。せめてキチンとやって欲しい」という感覚、更には「本物の反米イスラム原理主義者は確信犯だし不気味で顔も見たくないけれど、人の良さそうなサラヒ夫妻なら悪者にし易い」という感覚もあるでしょう。とにかく、何となくモヤモヤした「不安感」の一つの「はけ口」として夫妻の件が、ズルズル尾を引きずっているように思います。

 例えばオバマ支持層には「オバマの開放的なイメージと、厳格なセキュリティチェックはイメージ的に結びつかないけれど、だからと言って招待されていない客が入るのは危険。その辺をうまく折り合いをつけて欲しい」という感覚もあるように思います。そうなのです。デトロイトの1件以来、オバマ大統領の口からは「テロ対策」や「セキュリティ強化」について、大統領の言っていた抽象論と、現実に有効な施策を結びつけるような説得力のある言葉は、まだ語られていないのです。アフガン3万人増派もそうですし、この間の「イエメンのアルカイダを警戒」という一連の強硬な発言にしても、日頃語ってきた信念との連続性が感じられないのです。

 もしかしたら、テロ未遂が起きたことよりも、オバマ大統領が熱のこもったメッセージを発しなくなった、そのことによる「モヤモヤ感」の方が深刻なのかもしれません。「パーティー・クラッシャー」事件がいつまでも尾を引いている背景には、この問題もあるように思います。例えば、オバマ大統領なりバイデン副大統領が、このサラヒ夫妻に対して「叱責して反省を求める」ような見解を出し、サラヒ夫妻がそれを恐縮して受け入れるようなメッセージ性のあるパフォーマンスでもあれば、万事がスッキリすると思います。ですが、それも難しいようで、その辺が何ともモヤモヤした感覚になっているように思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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