レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい
死の行進でサラが歩いたチェコのマリエンバートにある通り。数多くの町や村の大通りを歩いたが、「どの町でも、私たちに目を留めたり、助けたり食べ物をくれようとする人はいなかった。何千もの人々が私たちを見たのだけれど」
ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を記録する---写真家のイシャイ・ガルバシュにとって、これは母と向き合い、自分を知る作業だった。
イシャイは長年、ホロコーストの生存者でトラウマを背負う母サラを十分に理解できず愛せずにいた。だが父の遺言でサラが95年に記したホロコーストの体験記を読み決意する。「トラウマの連鎖を私で止める。別の形に変換して、もう誰にも受け継がせない」
04年、イシャイは母の戦時中の足跡をたどる旅に出た。ドイツのベルリンから、オランダ、ポーランド、チェコ、そしてまたドイツヘ---。丸1年かけて5つの収容所や死の行進の現場などを訪れ、「母が置き去りにしてきた魂の断片を拾い集める」ようにカメラに収めた。その写真一枚一枚にサラの回想録の抜粋を添えて完成させたのが、写真集『母の足跡』だ。
イシャイは言う。母の記憶を追体験するうち、「母に対する怒りは、愛に変換されていった」。
出版前の手製の写真集を受け取ったサラは、何か言いたげだが言葉が見つからない様子だった。その2週間後、サラは他界した。わずかな時間ではあったが『母の足跡』を1謨ずつめくるたび、サラもまた娘の足跡を追体験し、多くを理解したに違いない。
[2009年10月14日号掲載]
写真集『 In My Mother's Footsteps 』
PHOTOGRAPHS BY YISHAY GARBASZ, COURTESY WAKO WORKS OF ART


