コラム

スマートフォンが可視化したフランス警察の市民への暴力行使の記録『暴力をめぐる対話』

2022年09月22日(木)15時45分

「この種の暴力は生まれた時から日常的だった......」ダヴィッド・デュフレーヌ監督『暴力をめぐる対話』

<2018年11月に始まったフランスの黄色いベスト運動。警官による暴力を独自の視点で掘り下げるドキュメンタリー......>

2018年11月から燃料税の引き上げに抗議するデモとして始まったフランスの黄色いベスト運動は、大規模な社会運動になり、市民と警官の衝突へとエスカレートし、貧富の(というよりも最上位と下位を両極とする)格差や国の分断を浮き彫りにした。

ダヴィッド・デュフレーヌ監督の『暴力をめぐる対話』は、黄色いベストのデモ隊に加えられた警官による暴力を独自の視点で掘り下げるドキュメンタリーだ。その素材になっているのは、デモに参加した人々やジャーナリストがフランスの各地で撮影した凄惨な武力鎮圧を含む映像だ。デュフレーヌは、警官による暴力行為を市民がTwitterに投稿・報告する"Allo Place Beauvau"をWEB上で管理するなかで、それらの映像を使って映画を作ることを思い付いた。

本作には映像素材とは別に、デモで負傷した市民、警察関係者、社会学者、弁護士、心理セラピスト、主婦など、職業も立場も異なる24名の人々が出演しているが、彼らは一般的なドキュメンタリーのようにインタビューに答えるわけではない。デュフレーヌは出演者を知らない者同士の2人組にして対面させ、2人組がそれぞれに映像を観ながら対話を繰り広げていく。

出演者は、スマートフォンやモニターで映像を観るのではない。彼らは小さな映画館のなかにいて、テーブルを挟んで向き合い、スクリーンで映像を観る。スクリーンだと出演者たちに見えてくるものも微妙に変わり、その反応も変わるように思える。

そうした対話の積み重ねからは、デモで負傷した市民がその現場での自分の姿を確認したり、学者が様々な引用を通して暴力を分析したり、警察や国連の関係者などがそれぞれの立場から見解を述べるなど、多様な視点が浮かび上がる。だが本作は、積み重ねだけでは終わらない。デュフレーヌは、自身の視点と出演者たちの発言を巧みに結びつけ、大きな流れを作り上げている。

「この種の暴力は生まれた時から日常的だった」

まず注目したいのは、本作の中盤に、警官たちに囲まれた高校生の集団が、両手を頭の後ろで組み、跪いている光景をとらえた映像が挿入されることだ。彼らは、パリ郊外のマント=ラ=ジョリーに住む高校生たちで、大学入学要件の厳格化に抗議するデモを行ったために検挙され、そのような屈辱的な扱いを受けることになった。

それは黄色いベスト運動の始まりから3週間ほど経った頃の出来事なので、運動が高校生にも波及したという捉え方もできるが、本作からは異なる意味が浮かび上がってくる。

警官自身が撮影したその映像を観て、社会学者は、「正当化しようがないのは、見せ物にして拡散する楽しみだ。警察は、とある学級の支配権の独占を、もしくは団地の若者たちの支配権を要求している」と分析する。心理セラピストの女性は、「こんなのは30年前からあるけど、彼らは確信したはずよ。自分たちが住んでいる地域は、警察による暴力の実験場なんだとね」と語り、ソーシャルワーカーの女性は、「この種の暴力は生まれた時から日常的だった。アミアン北部は私のDNAの一部よ。ここを離れはしない」と語る。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエルとイランの対立拡大回避に努力=

ワールド

G7外相、ロシア凍結資産活用へ検討継続 ウクライナ

ビジネス

日銀4月会合、物価見通し引き上げへ 政策金利は据え

ワールド

アラスカでの石油・ガス開発、バイデン政権が制限 地
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story