コラム

女性脱北ブローカーの数奇な運命を追ったドキュメンタリー『マダム・ベー』

2017年06月09日(金)15時00分
女性脱北ブローカーの数奇な運命を追ったドキュメンタリー『マダム・ベー』

『マダム・べー ある脱北ブローカーの告白』(C)Zorba Production, Su:m

<一年間だけの出稼ぎのはずが、中国の貧しい農村に売り飛ばされた北朝鮮女性の数奇な運命を追ったドキュメンタリー>

優れたドキュメンタリーはしばしば、予期せぬ出会いや偶然の成り行きから生まれる。フランスと韓国を拠点に活動する新鋭ユン・ジェホ監督は、脱北女性に関する劇映画の脚本を書くため、中国で取材を進めるうちに、北朝鮮から中国に渡り、脱北ブローカーとして活動する女性B(ベー)に出会った。といっても最初は、彼女から取材可能な脱北者を紹介してもらおうと思っていただけだった。

しかし、そのマダム・ベーが家族と暮らす家に招かれ、しばらく生活をともにするうちに、彼女自身に関心を覚え、追いかけるようになった。彼女は、北朝鮮と中国にふたりの夫がいて、ふたつの家族を持っていたからだ。脱北女性が国境を越える事情は一様ではないが、その先には人身売買という罠が待ち受けている。筆者が読んだ脱北女性の回顧録にもそんな話が出てきた。

パク・ヨンミの『生きるための選択』では、13歳のヨンミが姿を消した姉を捜すために母親とともに川を渡る。だが、母娘はブローカーによって別々に花嫁として地方の農家に売られる。逃亡を試みたヨンミは、結局ブローカーの愛人となり、彼の仕事を手伝うことになる。

イ・ヒョンソの『7つの名前を持つ少女 ある脱北者の物語』では、外の世界に強い関心を持つ17歳のヒョンソが、ほんの数日のつもりで川を渡り、中国に暮らす親戚のもとに身を寄せる。ところがその間に、彼女の不在が露見し、母親は仕方なく失踪届けを出し、彼女は戻れなくなる。やがて親戚も面倒が見切れなくなり、身分証のない彼女に対して一方的な結婚の話が進められていく。

【参考記事】中国で性奴隷にされる脱北女性

マダム・ベーの場合は、生活が苦しい家族を支えるため、短期間の出稼ぎが目的で10年前に川を渡った。ところが仕事をやるというのは嘘で、地方の農家に売られてしまう。そして最初は牧場で働いていたが、北朝鮮の家族を養うためにブローカーになった。麻薬を売ることもあれば、女の子の派遣業も営む。それでもいずれ北朝鮮に戻るつもりでいたが、5年が過ぎて頭を切り替え、北朝鮮から息子たちを呼び寄せようと考えるようになった。

北朝鮮の家族と韓国で再び一緒になるが・・

ユン・ジェホ監督がそんなベーを追いはじめてから間もなく、彼女の人生に大きな転機が訪れる。彼女は、脱北させて先に韓国に渡った息子たちの生活を安定させるため、中国の夫の許しを得て韓国に向かう決心をする。彼女は、ラオスからタイを経て韓国に至る脱北ルートをたどり、過酷な旅を乗り切って北朝鮮の家族と再会する。

映画にはそんな旅の映像も盛り込まれているが、最も印象に残るのは、中国の家族と、韓国で再び一緒になった家族のコントラストである。この監督は、鋭い洞察と繊細な感性、そして巧みな省略も含む緻密な構成によって、双方の家族の関係や各人の複雑な感情を炙り出していく。

中国の家族は、マダム・ベーがまったく望まない結婚から生まれたものであるにもかかわらず、彼女と夫や同居する彼の両親との間には確かな絆がある。マダム・ベーも活力に溢れ、非常に逞しく見える。彼女が旅立つときには、それぞれが涙を隠し、別れを惜しむ。見送る家族は、彼女が必ず戻ってくると信じている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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