コラム

プーチンより毒をこめて:国連総会「エルサレムの地位変更無効決議」にみるトランプ政権の「負け勝負」

2017年12月25日(月)13時00分

ただし、それはトランプ政権にとって「負け勝負」に突っ込む一押しであったと同時に、ロシアにとっては「どのように転んでもマイナスのない勝負」への一手だったといえます。

仮にトランプ政権が無反応を決め込んだ場合、ロシアは「西エルサレムに初めて大使館を開設した国」としてイスラエルとの関係を強化でき、中東一帯における米国の戦略に大きなクサビを打ち込めます。逆に、トランプ政権が焦って「東西エルサレムをイスラエルの首都」とみなした場合、国際的に信頼を損なうことは目に見えています(そして、実際そのようになりました)。これはロシアにとって「負けない一手」だったといえます。

トランプ大統領が「米国大使館のエルサレム移転」を発表した12月5日、プーチン大統領は早々にパレスチナ自治政府のアッバス議長と電話で会談。「米国の一方的な行動」を非難したうえで、イスラエル-パレスチナの対話に協力すると伝えています。これは「米国とロシアは違う」ことを強調するもので、少なくとも「西エルサレム」のみをイスラエルの首都と認めていたロシアの外交的マイナスはほぼゼロです

グローバル・ゲームは続く

こうしてみたとき、今回のゲームの敗者の筆頭が米国であることと同じくらい、その勝者に長年の悲願の一つが達成されたイスラエルや、これをテコに中東一帯での影響力を伸ばそうとするトルコとともに、ロシアが含まれることは確かといえるでしょう。

トランプ大統領の就任以来、世界はそれまでにも増して大きく揺れ動いてきました。エルサレム問題は、北朝鮮問題とともに、その象徴といえるかもしれません。トランプ・ワールドでは何が発生するかを予測することさえ困難です。

しかし、一つ確かなことは、トランプ政権が少なくともあと3年は存続するということです。言い換えるなら、その間グローバル・ゲームは激しさを増すものとみられます。従来の秩序が揺れ動くなか、各国はこれまで以上に、自国の行方を注視せざるを得なくなります。

今回の国連総会決議で、日本はほとんどのヨーロッパ諸国やイスラーム諸国、多くの開発途上国とともに、「首都認定無効」に賛成票を投じました。12月10日、アラブ首長国連邦を訪問していた河野外相がトランプ大統領による決定を非難することを避け、むしろ「トランプ大統領の中東和平への尽力を賞賛する」と伝えた一方で「中東の安定に貢献する意思」を示すという迷走をみせていたものの、最終的に日本が米国の決定を追認しなかったことは、個人的にはよかったと思います。

ただし、「一人マッチポンプ」が身上のトランプ大統領のもと、手札が悪くなるにつれ、「場を荒らす」頻度があがることは十分予想されます。言い換えると、同様の事案は来年以降も続くとみられるのです。その意味で、トランプ政権が日本にとっても試練をもたらし続けることは確かといえるでしょう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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