コラム

数も不明な小集団が次の英首相を決める不思議

2022年08月18日(木)13時50分
リズ・トラス(左)とリシ・スナク

7月25日、BBCのテレビ討論会に臨んだトラス外相(写真左)とスナク前財務相(同右)。党首選でトラスが優勢なのは「保守党員になんとなく支持されているのがトラスのほうだから」 Jacob King/Pool via REUTERS

<リズ・トラス外相とリシ・スナク前財務相で決選投票が行われるイギリス保守党の党首選はトラス優勢だが、全国民を代表しているとは言い難いわずかな人々が次期英首相を決定することになる>

イギリスの次期首相を決めるであろう保守党の党首選について、僕が何か特別ほかと違った視点を持っているなどと言うつもりはないし、リズ・トラス外相の勝利を予想する世間の見解に異論もない。風はその方向に吹いている。

僕が思うに、この選択をすることになる特定の集団──すなわち保守党員──にどちらかといえば支持されているのがトラスだから、というのが、トラス優勢の理由だろう。奇妙なことに、僕たちは実際のところイギリスの保守党員が何人いるのか把握していない。時折「およそ16万人」と言われているくらいだ。

こんなにも全国民を代表しているとは言い難い少数の人々がイギリスの次期首相を「選出する」というのは、明らかにおかしなことだが、イギリスのシステムはそういうふうに発展してきた。党のリーダーとして総選挙を経るより先に首相になった人々が何人もいる(直近の首相6人のうち4人がこのパターンだった)。

もしも党首選びが保守党国会議員に委ねられているのだとしたら、リシ・スナク前財務相が終始一貫してトップを走っていた。財務相としてコロナ禍の経済を何とか持ちこたえさせたことで、彼は信頼を得ている。

だが全国の一般的な保守党員の多くは、ボリス・ジョンソン首相がひどい仕打ちを受けたと考えており、スナクはジョンソン追い落としに加担したと思っている。そうした「裏切り」の気配が、多くの保守党員の考えを左右しているかもしれない。

「総選挙で勝てるか」が重要だが

とはいえ保守党に投票する人々はもっとずっと大きな集団だ(直近2回の総選挙では約1300万人が保守党候補に票を入れた)。こうした人々は保守党への「関与」度がはるかに低い。多くは「浮動票」の投票者であり、彼らの多くがジョンソンのごまかしと謝罪の遅さに怒りを覚えている。保守党議員がジョンソンに敵対しだした理由の1つもそこにある。彼らは有権者にそっぽを向かれるのを恐れたのだ。

理論的には保守党員は、どちらの候補が次回総選挙でより勝てる可能性がある候補だろうかという点に、少なくとも片方の目くらいは向けておくべきだろう。だがスナクかトラスのどちらか一方が次の総選挙で健闘できるかどうかを検証するのは、ほぼ不可能だろう。首相としての手腕を見せられるのはどちらか一方に限られるだろうし、どちらが首相になっても失敗する可能性もあればうまくやる可能性もある。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米アトランタ連銀総裁、インフレ進展停滞なら利上げに

ビジネス

3月全国消費者物価(除く生鮮)は前年比+2.6%=

ワールド

パレスチナ国連加盟、安保理で否決 米が拒否権行使

ビジネス

スペースXの米スパイ衛星網構築計画、ノースロップが
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story