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焦点:独立鎮静化したバスク地方、カタルーニャの手本となるか

2017年10月11日(水)16時11分

 10月9日、スペイン北東部のカタルーニャ自治州の分離・独立問題で同国政府と州政府が憲法上の衝突に直面するなか、どちらの側の政治家も、北部バスク地方に危機回避の解を見いだそうとしている。写真はカタルーニャ独立派の旗(左、中央)とバスクの旗(右)を掲げて独立を訴える市民。ビルバオで9月撮影(2017年 ロイター/Vincent West)

Sonya Dowsett

[ビルバオ(スペイン) 9日 ロイター] - スペイン北東部のカタルーニャ自治州の分離・独立問題で同国政府と州政府が憲法上の衝突に直面するなか、どちらの側の政治家も、北部バスク地方に危機回避の解を見いだそうとしている。

フランス国境に接し、緑の山々が連なるバスク地方では、かつて暴力的だった独立運動は鎮静化している。寛容な自主徴税権が、独立への盛り上がりを抑える役目を果たしている。

「われわれには、あのような経済的不満はない」と、バスク民族主義党のアイトール・エステバン氏は、ネルビオン川の両岸に広がるバスクの中心都市ビルバオの党本部でロイターに語った。

「人々は、カネを巡る不満から行動する必要を感じていない。これは大きい」

カタルーニャ自治州政府は、バスク式の自治方式を模索しているのではなく、10月1日の住民投票で独立支持が圧倒的多数の票を獲得したことを受け、独立を要求している。スペイン政府は、住民投票を認めていない。

だが、自治州連立政権の中道議員のほとんどは、バスクに認められている自主的徴税権がカタルーニャにも認められるなら、独立要求は取り下げてもよいと内々に語っている。

首都マドリードでは、中央政府の負担が巨大になったとしても、1981年のクーデター未遂事件以来最大の政治危機となっている今回の独立騒動を和らげる妥協案のお手本としてバスクモデルが役立つ、と話す社会党議員もいる。

中央政府が、カタルーニャ自治州の住民投票を暴力的に取り締まったことを受け、バスク地方では控え目な抗議行動が起きた。だがそれでも、ビルバオの分離派の機運が高まることはなかった。

ビルバオでは、建物のバルコニーに連帯を示すためカタルーニャの旗がバスクの旗と並んで飾られているが、街の様子は平和で繁栄している。かつて、独立反対派の政治家はボディーガードを必要とし、自動車爆弾の恐怖に常にさらされていた。今では旧市街地の酒場や世界的に有名なグッゲンハイム美術館が観光客でにぎわっている。

デウスト大の世論調査によると、独立を望むバスクの住民はわずか17%で、その是非を巡る住民投票実施を希望する住民は半数以下だった。

数十年にわたる分離独立闘争で850人以上の犠牲者を出してきたバスク地方の反政府組織「バスク祖国と自由(ETA)」は、今年武装解除に応じ、武装闘争に事実上終止符を打った。

バスク地方は今では、1人当たりの経済生産で同国最高水準の州の1つとなり、失業率も国内で最低水準となっている。

「バスク地方では、長年の武装闘争や経済危機後の不安定さへの倦怠(けんたい)感が大きく、独立議論は棚上げになっている」と、デウスト大のハビエル・バランディアラン教授は指摘する。

<スペインの経済負担>

バスクの財政自治の起源は19世紀にさかのぼり、1978年にスペイン憲法に明文化されたもので、欧州の地方に認められたなかでは最も寛大なものの1つだ。

スペイン有数の経済地域で、国内生産の5分の1を稼ぐカタルーニャに同様の権利が認められれば、スペイン国家にとって約160億ユーロ(約2.1兆円)の損失になると、スペイン科学研究高等会議(CSIC)が2014年に指摘している。

これは来年の予算の約13%にあたる額で、スペインの債務や借り入れコストにも影響する。

このためラホイ首相は、カタルーニャに対してバスク同様の寛大な扱いは除外している。

バスク自治州とスペイン政府の取り決めでは、バスクは地域のほぼ全ての徴税を独自に行っており、その額は今年130億ユーロ(約1.7兆円)に上る見通しだ。

バスク側は、防衛やインフラ整備関連費用などの国家支出負担分として、8億ユーロを政府に返還することになっている。

ラホイ首相は、少数与党として政権に返り咲いた昨年、バスク民族主義党に2017年予算を支持してもらった見返りとして、バスクとの取り決めでさらなる譲歩を行った。

これは、カタルーニャと同様の取り決めを交わすことに反対することが確実な、他の地方では不人気だった。自分たちには歳入減を意味するからだ。

スペインでは一般的に、地方政府は徴収した税金を中央政府に納め、中央政府は経済的に貧しい州を優遇する方程式に従って再分配する。

2012年、当時カタルーニャ州政府首相だったアルトゥール・マス氏が、ラホイ首相との間で、カタルーニャに自主徴税権と支出の決定権を与えるよう交渉しようとした。だが今では、交渉の見通しは暗い。

カタルーニャは長年、中央政府に支払う税金の額が、交付される額に比べて不均衡だと主張してきた。

財務省が委託した研究によると、カタルーニャ自治州が中央政府に支払う額は、受け取る額より99億ユーロ多い。同自治州の経済相は、それ以上の差があると主張する。

エコノミストは、中央政府と地方の税制を巡る関係は、地方間の激しい税制競争を引き起こしており、見直しが必要だと指摘する。自治州のなかには、予算不足に陥り公的サービスが削減されたところもある。

「現状は危機的だ。問題解決に必要な政治的機運が今ならあるかもしれない」と、バークレイズ・キャピタルのアントニオ・ガルシア・パスクアル氏は指摘した。

(翻訳:山口香子 編集:伊藤典子)

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