ニュース速報

ワールド

アングル:現代の「シンデレラ」、フィリピン人家政婦の苦難

2016年10月25日(火)10時59分

 10月23日、フィリピン人家政婦5人が美人コンテスト出場に備え準備する様子を追っているドキュメンタリー映画「サンデー・ビューティー・クイーン」を監督したバビー・ルース・ビララマ氏は、同映画が外国人家政婦による貢献に光を当て、彼女たちの扱いが変わることを期待している。写真は同コンテストで優勝したシリル・ゴリアバさん。提供写真(2016年 ロイター Voyage Studios/Handout via Reuters)

[ジャカルタ 23日 トムソン・ロイター財団] - 香港の美人コンテストに優勝し、観衆の声援に笑顔で応えながらティアラとトロフィーを受け取るとき、黄色のイブニングドレスに身を包んだフィリピン出身のシリル・ゴリアバさんのエレガントさは際立っていた。

だが帰りのバスのなかで紫色のアイシャドーとつけまつげを取ると、高揚感は消えていき、ゴリアバさんは翌週のことで頭がいっぱいになった。

「家に帰ると、突然悲しくなった。友だちとの時間が終わってしまったから」とゴリアバさんは話す。

「また仕事だけの1週間が始まる。ストレスの多い仕事を6日間しなくてはならない。食事を独りで食べ、一日中単調な仕事をする毎日が」

ゴリアバさんは家政婦をしている。ゴリアバさんや彼女と同じようなフィリピン人家政婦の話が、新たなドキュメンタリー映画のテーマだ。同映画は、世界中の家庭で働く何百万人もの女性に対するステレオタイプなイメージを打ち砕こうとしている。

ドキュメンタリー映画「サンデー・ビューティー・クイーン」のなかで、監督のバビー・ルース・ビララマ氏は、フィリピン人家政婦5人が美人コンテスト出場に備え準備する様子を追っている。同コンテストは家政婦が主催し、2008年から香港で毎年開催されている。

完成までに4年を費やした1時間34分の同映画は、ありがちな「気のめいるような」方法ではなく、異なるアングルから家政婦のストーリーを伝えようとした、とビララマ監督。「ステレオタイプや、よくあるアプローチの仕方を壊したかった」と、同監督はマニラからスカイプを通じて語った。

「撮影するうちに、彼女たちが生きる世界から逃げ出そうとしているのではなく、困難から何かを生み出し、自分たちの幸せを見つけようとしているのだということが分かった。彼女たちは目的のようなものを得るのだ」と、ビララマ監督は話した。

<ソファ禁止>

同映画は今月、アジア最大の映画祭である韓国の釜山国際映画祭でプレミア上映された。

香港には30万人を超える外国人家政婦がおり、その大半がフィリピン人かインドネシア人だ。彼女たちは雇い主の家族と共に暮らし、通常は1週間に6日間、1日当たり16─20時間働く。

日曜日だけが唯一の休日だ。

ゴリアバさんらの日曜日の予定は、モデル歩きのレッスンやリハーサルで埋め尽くされている。毎年恒例であるこの美人コンテストやその前に行われるイベントへの参加は、厳しい仕事からの息抜きを彼女たちに与えている。

映画は、彼女たちの毎日のきつい仕事や雇い主との関係、直面する困難などを描いている。搾取や、虐待を報告する意欲もそぐような厳しい就業規則、そしてソファに座ることを禁止されたり、台所で寝ることを強いられたりといった扱いまで、その内容は多岐にわたる。

コンテストに参加したある家政婦は、ある日曜日に門限の午後9時に間に合わなかったことで職を失った。

「これは現実のシンデレラの物語だ」とビララマ監督は言う。

<反移民感情>

香港で働く外国人家政婦は、他のアジア諸国で働く家政婦よりも保護されている。しかし、2014年にインドネシア人家政婦が雇い主から暴行を受け、熱湯でやけどを負わされた事件以来、香港における外国人家政婦の社会的排除と虐待は厳しい目にさらされるようになった。

3月に発表された調査では、香港で働く6人に1人の外国人家政婦は強制労働の犠牲者であり、かなりの割合が人身売買によるものであることが明らかとなっている。

その一方で、フィリピン人家政婦2人が香港の永住権を求めた裁判を起こし、2013年に敗訴してからは反移民感情が急速に高まった。

だが映画が示しているように、全ての香港市民が外国人家政婦に偏見を抱いているわけではない。

コンテストに出場した家政婦の1人であるマイリンさんと生活するジャック・スーさん(67)は映画のなかで、外国人家政婦がいなければ香港は「困難な状況になる」と語っている。

「外国人家政婦なしで家族がやっていけるか想像してごらん。どうやって外に働きに出るのか。子どもたちの面倒は誰が見るのか」

ビララマ監督は、この映画が外国人家政婦による貢献に光を当て、彼女たちの扱いが変わることを期待している。

「美人コンテストは明るい話だが、その陰にはわれわれが直面しなければならない現実がある」と同監督は語った。

(Beh Lih Yi記者 翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

ロイター
Copyright (C) 2016 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中