コラム

大鵬が示したハーフと移民の可能性

2013年03月13日(水)12時26分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔3月5日号掲載〕

 1月19日に亡くなった第48代横綱・大鵬は、日本の歴史上最も偉大なスポーツマンの1人だった。何しろ相撲という最も日本的な競技で抜群の成績を残したのだから。もし日本という国の代表を1人だけ選ぶとすれば、大鵬こそふさわしいといえるかもしれない。政府はその功績をたたえ、国民栄誉賞の授与を決めた。

 ただし、現在のサハリンで生まれた大鵬の体には、日本人の血は50%しか流れていなかった。母親は日本人だが、父親はウクライナ出身。大鵬はいわゆる「ハーフ」だった。

 もしウクライナで暮らしていたら、おそらく大鵬の栄光はあり得なかった。平凡な農民か労働者として一生を終えただろう。日本は外国人でも大きな成功を夢見ることができる数少ない国の1つだ。特にスポーツやメディアの世界はその傾向が強く、タレントにもハーフが多い。

 ビジネスの世界にも多様な出自の経営者が大勢いる。ソフトバンクの孫正義は、そうした成功者の1人にすぎない。日本に住む外国人は毎朝納豆を食べるわけではないが、「純粋な」日本人と90%ぐらいは価値観を共有している。彼らは自分と会社を成長させ、税金を払い、この国を豊かにしている。

 大鵬の偉大な功績は、誰でも生まれに関係なく日本人に「なれる」ことを示している。対照的に、南米からやって来た日系人たちの苦闘は、遺伝子が日本人の条件ではないことを教えてくれる。

 日本政府は90年、3世までの日系人に就労制限のない在留資格を与える法改正に踏み切った。「日本人の子孫なので社会に適応しやすいだろう」という根拠の薄い考えに基づく決定だった。だが現在、静岡県の浜松駅周辺を歩いてみると、日本社会に適応できず、将来の夢も失った南米出身の日系人が多数うろついている。

 だからといって、移民の受け入れを全面的にやめるべきだというのではない。その反対だ。グローバル化時代の今、移民はたぶんわれわれの社会で最重要のテーマだ。しかし大半の日本人は、移民という言葉を聞くだけで恐怖心を抱く。

■「唯一の資源」を増やすために

 日本はより開かれた国どころか、ますます閉鎖的になっている。人口に占める外国人の比率はわずか1.7%で、さらに減りつつある。人口統計学の専門家ニコラス・エバースタットによると、1億2000万人が暮らす日本で1年間に帰化する外国人の数は、人口800万人のスイスの3分1以下だ。

 日本の「開国」をうかがわせる唯一の兆候は、国際結婚の増加だ。ジャーナリストのリサ・ジャーディーンによれば、70年には結婚全体に占める比率は0・5%だったが、00年には4.5%に増加。今の東京では10%ともいわれている。

 この種のカップルから生まれる子供は、ハーフではなく「ダブル」と呼ぶべきだ。2つの異なる文化を持つ彼らは、日本と世界の懸け橋になるだろう。

 日本は他の国々の経験に倣った移民政策を打ち出すべきだ。最も大切なのは、従来の「血統主義」に客観的な基準を加えて国籍法を作り直すこと。国籍取得の道がはっきりと示されれば、日本人になりたがる外国人は数百万はいる。それによって日本も恩恵を受けるはずだ。

 日本にある無二の資源といえば人間だ。その資源が毎年減少を続け、高齢化が進んでいる。仮に政府の少子化対策がどれほど優れたものであろうと、日本には移民が必要だ。移民受け入れはリスクを伴うが、移民の拒否は日本の致命傷になりかねない。

 安倍晋三首相は先月の所信表明演説で言った。「世界中から投資や人材を引きつけ、若者もお年寄りも、年齢や障害の有無にかかわらず、すべての人々が生きがいを感じ、何度でもチャンスを与えられる社会」を目指すと。首相は今すぐ、その言葉を実行に移すべきだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

国内超長期債、増加幅半減へ 新規制対応にめど=大樹

ワールド

ブリンケン米国務長官の訪中、「歓迎」と中国外務省

ビジネス

連合の春闘賃上げ率、4次集計は5.20% 中小組合

ビジネス

元相場、基本的な安定維持目標は変わらず=人民銀副総
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 3

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 4

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 5

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 6

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 7

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 8

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    アメリカ製ドローンはウクライナで役に立たなかった

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story