コラム

久々の東京で味わった恐怖の書類ショック

2011年02月28日(月)09時00分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

 研究休暇で実に12年ぶりに日本を離れ、10カ月間を海外で過ごした。数週間前に帰国したとき、カルチャーショックを受けることは予想していた(逆カルチャーショックなのか逆・逆カルチャーショックなのかはともかく)。それでも、最大のショックについては心構えができていなかった。「書類記入」ショックだ。

 詳細な項目に日本語で必要事項を書き入れることを「書類ショック」と呼ぶことにしたいが、今回それは空港の入国審査で始まった。私は文句も言わずに指紋を取らせたのに、係官は私が前もって律儀に記入しておいた用紙を破棄した。

 係官が指し示したのは、10カ月前の出国時に知らぬ間にパスポートにホチキス留めされていた用紙。私はそこに書き直した。次回出国用の用紙がパスポートに挟み込まれるのを見ながら、東京ライフには書類が欠かせないことを思い出した。恐怖とともに。

 次の書類ショックはスポーツジムの再入会手続きだった。記入に要した時間は何と45分。ジムで泳ぐ時間と同じくらいかかった。私は日本語で個人情報を書けるが、三菱東京UFJ銀行の「菱」の字だけは間違えてよくやり直しになるから、頼んで書いてもらったほうが賢明だ。

 これで書類は完成したと思ったが、次にジムに行ったら呼び止められて、3カ所の記入ミスを書き直させられた。一方、新しい携帯電話の契約書はミスなく書き込んだが2時間かかった。携帯電話会社は入国管理局よりも厳しい!

 私は、日本の書類を記入するときいつも1、2度ミスしてしまう。6~7年前に銀行の新しいキャッシュカードを作ろうとしたときには、女性行員が記入欄の一つ一つを指して何を書いたらいいか教えてくれた。それでも3回続けて書き間違え、諦めた。結局12年間、同じキャッシュカードのままだ。

 問題の1つは記入欄が小さいこと。項目も細か過ぎる。私の大学の職員数は何人くらいかと、いつも頭をひねらなければならない。その情報がデパートのカード作りに必要だろうか。私は書類に記入するたび、自分に関する知識と極小ペン習字のテストを受けている気分になる。

■書いた書類がその人を作る

 アメリカにも書類はある。しかし、記入欄が詰まった3枚つづりの複写用紙に個人情報を延々と打ち明け、1枚ごとに印鑑を押す機会はほとんどない。「教室ではおしゃべりはしません」と何度も書かされた小学校のお仕置きを思い出す。

 私が日本に引っ越してきたときのことだ。土曜日の朝、地元の警察官が巡回連絡カードの用紙を持ってやって来た。私たちはジャズ、犯罪、ご近所の話題などについて楽しく話したが、用紙には正確に、正直に記入しなければならなかった。東京では匿名のまま多くのことができるが、書類となると何も隠せない。

 休暇で日本をたつ前、私は大学で大量の書類に記入した。それを提出すると、今度はさらに多くの書類に記入するよう求められた。

 私のかばんの中のそういった書類は、いってみれば2冊目のパスポート。身分を証明し、お墨付きを与え、帰属を明らかにして──つまりは安心感を与えてくれる。「食べたものがあなたを作る」ということわざがあるが、東京では「記入した書類があなたを作る」だ。

 今やオンラインでの手続きも増え、パソコンでフォームに記入すると画面に「誤りがあります」という赤い文字が表示される時代だ。未来の人々は、書類の紙がこすれる音やペンが動く感触、完璧に書き終えて提出するときの高揚感を味わえないのではないかと考えてしまう。

 しかし、成田の入国審査はあれでいいと思う。指紋1つでいつでも書類の記入を免除してもらえるなら、私は喜んで指紋を押すだろう。何しろまだ、新しいキャッシュカードを作るために銀行に行かなければならないのだから。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トヨタ、23年度は世界販売・生産が過去最高 HV好

ビジネス

EVポールスター、中国以外で生産加速 EU・中国の

ワールド

東南アジア4カ国からの太陽光パネルに米の関税発動要

ビジネス

午前の日経平均は反落、一時700円超安 前日の上げ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story