コラム

イラン女子サッカーチームを取り巻く不幸

2011年07月20日(水)22時26分

 暗いニュースが続くなかで、「なでしこ」の優勝は大きな歓喜だった。深刻な災厄を被った経験は、むしろその障害を乗り越えようと、予想以上の力をもたらすのかもしれない。

 「なでしこ」の快挙の一方で、別の種類の困難に泣かされているチームがある。以前にこのブログでも紹介した、イランの女子サッカーチームだ。6月6日、FIFAは、イラン女子チームが頭から首まで覆うヒジャーブ(スカーフ)をつけて試合に臨むのは規定違反だ」として、イランのロンドンオリンピック出場権を剥奪した。宗教や政治的シンボルを身に着けてはいけない、というFIFA規定にひっかかったからというのだが、ヒジャーブがダメというのは実質的にイスラーム教徒の女性に「スポーツするな」というようなものではないか、と反発も高まっている。

 ヨルダンでもこの決定は波紋を呼んでおり、FIFA副会長となったヨルダン王家のアリー王子が頭を抱えている。チームの中心的プレーヤーがヒジャーブを被っているので、彼女が出場できなくなれば大打撃だからだ。

 それにしても、何故イランばかりが矢面に立つのか。FIFAの決定に反発しているイランやヨルダンは、いずれもFIFAランキングのうちイスラーム教の国で第二位、第三位につけている「女子サッカー強国」なのである。対照的に、サウジアラビアやバハレーンなど、アジアカップなどでおなじみの国の名前は、女子チームランキングにはまったく出てこない。封建的な王政を取る湾岸諸国ではそもそも女子のサッカーなんてありえない、というムードだろう。そもそも今回イランの出場停止を命じたFIFA役員は、バハレーン人だった。

 湾岸諸国では、部族的封建性なども合わさって社会全体が女性の社会進出を阻んできた。だが、イランの女性たちはヒジャーブを被ったまま仕事したりスポーツをして何が悪い、という、むしろ積極的に社会進出を目指す姿勢なのである。このことは、他の分野にもいえる。サウジアラビアでは、女性はベールを被って自動車を運転するのは危険だから運転禁止、と、その行動を阻む政策が取られているが、イランは逆に、女性が移動するには女性のドライバーじゃないと宗教的によろしくないので、女性のタクシー運転手が増える、という具合だ。サウジでは最近、女性が運転する権利を求める運動が高まっている。

 ヒジャーブしてたってイスラーム教徒だって、自分の信念を曲げることなく社会に出て行きたい、というイスラーム教徒の女性たちにとって、地元社会の封建性をなんとか乗り越えたかと思ったら、次は国際社会のハードルが待っている。ハードルの高さは次のステップアップにつながるだろう。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

ニュース速報

ワールド

米大統領選のTV討論会、過去最高の1億人が視聴か

ワールド

北朝鮮の国連加盟資格、見直すべき=韓国外相

ビジネス

デンマーク海運大手マースク、競合勢買収に意欲=会長

ワールド

英国のEU離脱交渉、2年かからない可能性=ジョンソ

MAGAZINE

特集:進化する中国軍

2016-10・ 4号(9/27発売)

高学歴人材、最新鋭兵器、洗練された組織......。かつてのイメージを覆す人民解放軍の知られざる変貌

人気ランキング

  • 1

    討論初戦はヒラリー圧勝、それでも読めない現状不満層の動向

  • 2

    ロシアの最新型原潜、極東に配備

  • 3

    打倒ディズニーを掲げる中国のテーマパーク

  • 4

    「親を捨てるしかない」時代に、子は、親は、どうすべきか

  • 5

    米テレビ討論、クリントン「二重の負担」で不利

  • 6

    自治体のPR動画「ウナギ少女」がまるで変態ホラーだと騒ぎに

  • 7

    戦略なき日本の「お粗末」広報外交

  • 8

    芸能人の「一日警察署長」も、容疑者を逮捕できます

  • 9

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 10

    EUの新著作権法がもたらす「閉じたインターネット」

  • 1

    クルーニー夫妻、虐殺でISISを告発。「覚悟はできている」

  • 2

    エジプトの過激派にナチスからの地雷の贈り物

  • 3

    X JAPANのYOSHIKI、ニューヨークでコンサートを行うと発表

  • 4

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 5

    中国機内誌が差別的記述、撤回しても消せない傍若無人ぶり

  • 6

    安楽死が合法的でなければ、私はとうに自殺していた

  • 7

    家事をやらない日本の高齢男性を襲う熟年離婚の悲劇

  • 8

    討論初戦はヒラリー圧勝、それでも読めない現状不満層の動向

  • 9

    ヨーロッパを追われアメリカに逃れるロマの人々

  • 10

    米テレビ討論、クリントン「二重の負担」で不利

  • 1

    金正恩「公式行事での姿勢が悪い」と副首相を処刑

  • 2

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 3

    クルーニー夫妻、虐殺でISISを告発。「覚悟はできている」

  • 4

    中国で性奴隷にされる脱北女性

  • 5

    改めて今、福原愛が中国人に愛されている理由を分析する

  • 6

    蓮舫氏へ、同じ「元・中国人、現・日本人」としての忠言

  • 7

    シロクマに包囲され逃げられないロシア観測隊、番犬犠牲に

  • 8

    「スタバやアマゾンはソーセージ屋台1軒より納税額が少ない」オーストリア首相が猛批判

  • 9

    「お母さんがねたので死にます」と自殺した子の母と闘った教師たち

  • 10

    核攻撃の兆候があれば、韓国は平壌を焼き尽くす

 日本再発見 「東京のワンテーマ・ミュージアム」
アンケート調査
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

0歳からの教育 育児編

絶賛発売中!

コラム

パックン(パトリック・ハーラン)

芸人も真っ青? 冗談だらけのトランプ劇場