コラム

英米間の隙間風

2012年02月28日(火)16時05分

 日本から遠く離れた南米の島をめぐり、イギリスはアメリカの態度に失望しています。この事実は、領土をめぐり周囲の国との関係が緊張して日本にとっても、けっして他人事とは言えません。

 本誌日本版2月29日号の特集は「イラン危機」。イランの核開発をめぐるアメリカとイスラエルとの関係など読ませる記事は多いのですが、私が注目したのは別の記事。フォークランド諸島をめぐる英米関係を扱ったものです。題して「同盟国を見捨てるオバマ」。

 この場合の同盟国とはイギリスのこと。南米アルゼンチンのすぐ目と鼻の先にあるフォークランド諸島をめぐる問題です。ここはイギリスが実効支配していますが、アルゼンチンは「マルビナス諸島」と呼んで自国の領土だと主張しています。

 1982年、アルゼンチンの当時の軍事政権は、フォークランド諸島を占領しました。国内で政権に対する国民の不満が高まると、国の外に危機を作り出して自国民を団結させるというのは、独裁政権がよく取る手法。アルゼンチンの軍事政権は、「自国の領土を取り戻そう」と国民にアピールすることで、国内の不満を解消し、国民の支持を取り付けました。

 これに対し、当時のイギリスのサッチャー首相は激怒。海軍の大部隊を派遣してフォークランド諸島を取り戻しました。

 このときアメリカは、米州共同防衛条約により本来はアルゼンチンを支援しなければならない立場にいながら、それをせず、むしろアルゼンチン軍の動向を知らせるなどイギリスを支援しました。

 イギリス軍に敗れたことにより、アルゼンチンの軍事政権は権威失墜。軍事政権崩壊への道を歩むことになりました。

 あれから40年。両国の間で再び緊張が高まっています。きっかけは、今年2月、英国王室のウィリアム王子が、イギリス空軍のヘリコプター操縦士としてフォークランドのイギリス軍基地に派遣されたからです。

 国家に貢献したいと希望するウィリアム王子は、アフガニスタン駐留英軍に密かに派遣されていたこともありますが、それがわかってしまったため、王子が所属する部隊がタリバンの標的になることを恐れた軍により、本国に呼び戻されました。そして去年4月に結婚。ウィリアム王子は、結婚後も軍に留まり、今度はアフガニスタンよりは安全なフォークランドに派遣されたというわけです。

 これがアルゼンチンを刺激しました。ウィリアム王子を「征服者」と呼んで、反英キャンペーンを開始したのです。アルゼンチンが再びフォークランド占領の挙に出ることを考えにくいにしても、「軍事行動の可能性は完全には排除できない」。

 アルゼンチンが、ここへ来て攻勢に出るようになったのは、「(イギリス首相の)キャメロンがイギリス海軍と陸軍の大規模な兵力削減を発表した後だ。イギリスで唯一残っていた航空母艦アーク・ロイヤルは、昨年3月に予定を前倒しして退役した」。「82年に英海軍には作戦部隊を招集できる戦艦が約90隻あったが、現在は30隻」。アルゼンチン軍が島を占拠した場合、「空母を持たないイギリスがフォークランドを奪還することはほぼ不可能だろう」というわけです。

 こんな事態を、きっと中国は注視していることでしょう。「イギリスの兵力削減に対するアルゼンチンの反応を見れば、南シナ海の中国とペルシャ湾のイランがアメリカにどう反応するかも、十分に予想できる」はずです。

 しかし、こんなとき、アメリカのオバマ政権は、イギリスの立場を擁護することなく、逃げ腰になっています。この記事は、こう結んでいます。

「はっきり言えることがある。重要な同盟国を支持せず、しかも米軍を大幅に縮小しようとするオバマ政権の姿勢が世界の国々に誤ったメッセージを送るということだ。しかも、その影響は南大西洋だけにとどまらない」。

 そう、南シナ海はもちろん、東シナ海にも。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

訂正(17日配信記事)-日本株、なお魅力的な投資対

ワールド

G7外相会議、ウクライナ問題協議へ ボレル氏「EU

ワールド

名門ケネディ家の多数がバイデン氏支持表明へ、無所属

ビジネス

中国人民銀には追加策の余地、弱い信用需要に対処必要
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 3

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 4

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 5

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 6

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 7

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 8

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    アメリカ製ドローンはウクライナで役に立たなかった

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story