コラム

基地を利用した補助金「おねだり」は沖縄の地場産業

2015年04月02日(木)19時40分

 沖縄県の翁長知事が、防衛省による米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設の工事停止を命じたのに対して、農水省がその指示の効力を停止し、基地移設問題が再燃している。4月5日には菅官房長官が沖縄県を訪れて知事と会談することになっているが、先行きは不透明だ。

 昨年の沖縄県知事選挙では「辺野古移設反対」を掲げる翁長氏が当選したが、彼はもともと那覇市長として移設推進派だった。ところが仲井真前知事が「つかみ金」と引き替えに移設の許可を出したのに対して、移設反対に方針転換して知事選に出馬し、仲井真氏の方針を白紙撤回すると主張した。

 仲井真氏が辺野古移設を許可するのと引き替えに国から獲得した「沖縄振興予算」は、8年間で2兆4000億円以上。彼も「有史以来」と驚いた、県民ひとり当たり170万円もの補助金だ。しかも使途が実質的に決まっていない「つかみ金」である。

 そこまではまだわかる。公共事業の「迷惑料」としては破格だが、これで問題が解決するならやむをえない。ところが翁長氏は、その仲井真氏の方針に反対して基地移設を白紙に戻し、しかも国に対しては既定方針どおり沖縄振興予算を出せというのだ。

 沖縄については地元紙も本土メディアも、反戦平和とか基地の負担軽減とかいっているが、地元で取材した記者は誰でも、そんな話が建て前にすぎないことを知っている。基地を縮小しようとすると、地元では反対のデモが起こる。観光以外に産業のない沖縄では、基地問題を利用して補助金を取ることが、今や最大の「地場産業」なのだ。

 もともと辺野古移設は米軍の方針ではなく、1996年に橋本内閣が要望して実現した基地の縮小計画だ。普天間基地の面積は480ヘクタールなのに対して、辺野古飛行場は210ヘクタール。このうち160ヘクタールはキャンプシュワブ管内の埋め立てだから、陸上用地は50ヘクタールと大幅に縮小する。普天間の跡地は、民間が利用できる。

 どこに問題があるのかわからないが、地元はいろいろな理由をつけて、移設を20年近く引き延ばしてきた。当初は経費も環境破壊も少なかった陸上案をつぶし、埋め立て案にしておきながら、今になって珊瑚礁を保護するという理由で反対し始めた。この原因は、土木事業が沖縄の基幹産業だからである。

 特に基地に関連する公共事業は大きいので、これが解決すると産業がなくなってしまう。すでに「北部振興費」として2000億円以上が辺野古の地元に前払いされているので、引き延ばせば毎年、数百億円が地元に落ちるのだ。その資金は県庁や土建業界の関係者に集中する。おかげで県民所得は全国最低だが、所得格差は日本一だ。

 だから基地問題を引き延ばすため、地元の革新陣営は基地反対を叫び、保守陣営がそれを抑える見返りに本土から補助金を取る茶番劇が続いてきたが、革新が弱体化したため、今度は保守の仲井真氏と翁長氏が茶番劇を演じたわけだ。

 そうこうしているうちに、米軍もアジア戦略の見直しの中で沖縄の位置づけを変え始めた。米軍配備計画では、沖縄の海兵隊は辺野古移転にともなって1万9000人のうち9000人が削減され、グアムなどに移転する予定だ。長期的には、沖縄から海兵隊が撤退する可能性もある。この時期に巨額の経費を投じて、辺野古移設をする必要があるのだろうか。

 地元の「おねだり」に何度も応じることも、地元経済の自立にはマイナスだ。政府はいったん辺野古移設の工事を中止し、沖縄振興予算も北部振興費も打ち切って、普天間の維持・縮小など他の選択肢を考えてはどうだろうか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

ニュース速報

ワールド

沖縄事件で安倍首相断固抗議、オバマ大統領「捜査に全

ビジネス

EU残留派がリード維持、英世論調査受けポンド上昇

ワールド

オバマ大統領「捜査に全面協力」、沖縄女性遺棄事件で

ワールド

トランプ氏がエネルギー政策演説へ、顧問はOPEC批

MAGAZINE

特集:アメリカとヒロシマ

2016-5・24号(5/31発売)

オバマが現職の米大統領として初めて広島を訪れる──。被爆地に注目が集まる今だからこそ耳を傾けるべき声がある。

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

0歳からの教育 育児編

絶賛発売中!

人気ランキング (ジャンル別)

  • 最新記事
  • コラム
  • ニュース速報
  1. 1

    「国家崩壊」寸前、ベネズエラ国民を苦しめる社会主義の失敗

  2. 2

    サンダースが敗北を認めない民主党の異常事態

  3. 3

    自撮りヌードでイランを挑発するキム・カーダシアン

  4. 4

    【動画】ドローンを使ったマグロの一本釣りが話題に

  5. 5

    歴史を反省せずに50年、習近平の文化大革命が始まった

  6. 6

    北朝鮮がアフリカに犯罪者数百人を「輸出」疑惑

  7. 7

    「オバマ大統領27日広島訪問、原爆投下謝罪せず」ホワイトハウスが発表

    伊勢志摩サミットで来日時に現職の米大統領として…

  8. 8

    行動経済学はマーケティングの「万能酸」になる

  9. 9

    イランがホロコースト風刺画コンテスト、シャルリ・エブドへの報復

  10. 10

    パリ発エジプト航空MS804便が消息絶ち、緊急シグナルを送信

    消息を絶ったとみられる地域でエジプト空軍が捜索…

  1. 1

    中国が文革の悪夢を葬り去れない理由

    今年で文化大革命が始まって50年だが、中国政府は…

  2. 2

    安倍首相の真珠湾献花、ベストのタイミングはいつか?

    <オバマ米大統領の広島訪問に対応する形で、安倍…

  3. 3

    オバマ大統領の広島訪問が、直前まで発表できない理由

    ジョン・ケリー米国務長官は今月11日、G7外…

  4. 4

    パナマ文書問題、日本の資産家は本当に税金逃れをしているのか?

    〔ここに注目〕日本の企業活動、税法の特徴…

  5. 5

    ジャーナリズムと批評(2):絶滅危惧種としての理論家と運動

    映画化もされた小説『虚栄の篝火』や、ノンフィクシ…

  6. 6

    出版不況でもたくましいインディーズ出版社の生き残り術

    日本と同様、出版不況に直面するアメリカの出版業界…

  7. 7

    ヒラリー対トランプの「ゴシップ合戦」に突入した大統領選

    アメリカの大統領選は、ここへ来て「ゴシップ合…

  8. 8

    現実味を帯びてきた、大統領選「ヒラリー対トランプ」の最悪シナリオ

    共和党に2カ月遅れて、民主党もようやく今週1…

  9. 9

    AI時代到来「それでも仕事はなくならない」...んなわけねーだろ

    「AIやロボットが人間の仕事を奪うようになる」とい…

  10. 10

    シリアの惨状を伝える膨大な映像素材を繋ぎ合わせた果てに、愛の物語が生まれる

    シリア人の監督オサーマ・モハンメドが作り上げた『…

  1. 1

    米テキサス州、地震急増の原因はシェール採掘か=研究

    米テキサス大学オースティン校の地質学者クリフ…

  2. 2

    中国戦闘機2機が米機に異常接近、南シナ海上空で=米国防総省

    米国防総省は、南シナ海上空で17日、中国軍の…

  3. 3

    パリ発のエジプト航空機が消息絶つ、海に墜落か 66人搭乗

    エジプト航空の乗員・乗客66人を乗せたパリ発…

  4. 4

    行儀悪い売り方やめた、「白物家電の二の舞い」懸念=スズキ会長

    スズキの鈴木修会長は10日に開いた決算会見で…

  5. 5

    訂正:三菱自の燃費不正は経営陣の圧力 国交省、スズキには再報告要請

    会見内容などを追加しました[東京 18日 ロイ…

  6. 6

    米テスラ、株式発行などで2200億円調達へ 「モデル3」開発加速で

    米電気自動車(EV)メーカーのテスラ・モータ…

  7. 7

    訂正:三菱自、相川社長が6月引責辞任 益子会長は新体制発足まで続投

    三菱自動車は18日、相川哲郎社長と中尾龍吾副…

  8. 8

    焦点:南シナ海仲裁裁判に台湾が横やり、裁定遅延の恐れも

    台湾の当局に近い団体が、南シナ海の領有権をめ…

  9. 9

    ECB追加措置の検討は秋に、必要なら新規買入可能=リトアニア中銀総裁

    リトアニア中央銀行のバシリアウスカス総裁は、…

  10. 10

    インタビュー:トランプ氏、核阻止へ金正恩氏との会談に前向き

    米大統領選で共和党候補指名を確実にしたドナル…

Newsweek特別試写会2016初夏「疑惑のチャンピオン」
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

コラム

辣椒(ラージャオ、王立銘)

中国が文革の悪夢を葬り去れない理由

パックン(パトリック・ハーラン)

破壊王! トランプの「政治テロ」が促すア