コラム

空洞化への道は民主党政権の善意で舗装されている

2011年09月15日(木)17時26分

 パナソニックは14日、国際的な原材料の調達を行なう調達・物流の両本部を来年シンガポールに移すと発表した。現在、世界に約250カ所あるパナソニックの生産拠点のうち4割が日本以外のアジア諸国にあるが、調達部門をシフトすることでアジアに比重を移し、海外調達の比率を来年度は6割に高める計画だ。

 他方、日本で唯一DRAM(半導体メモリ)を製造しているエルピーダメモリは、日本から台湾に生産能力の4割を移転する。国内唯一の拠点である広島工場の製造設備を台湾子会社に移し、日台の生産能力が逆転するという。

 台湾もシンガポールも法人税率は約17%だが、当局による「割引」があり、実効税率は10%程度だという。これに対して、日本の法人税率は40%超。昨年、5%の引き下げが決まったが、復興財源を捻出するために延期になりそうだ。

 これに最近の円高が追い打ちをかけている。2007年の為替レートに比べると、円が対ドルで約35%上昇したのに対し、ウォンは約16%下落している。パナソニックやエルピーダの最大のライバルである韓国のサムスンに比べると、50%以上もドル建て価格が上がったことになる。

 ただ経営者に聞いてみると、最大の問題は税金や為替ではなく、民主党政権の「アンチビジネス」的な姿勢だという。雇用規制はアジアでもっともきびしいのに、厚生労働省は派遣労働や契約社員の規制をさらに強めようとしている。派遣社員の規制が強化されたために請負に切り替えると「偽装請負」として攻撃される。アジアで雇用すれば、国内の半分以下の賃金で優秀な労働者を雇うことができる。

 この傾向に拍車をかけたのが、最近の電力不足だ。福島原発事故で東電管内の電力が不足したのは仕方ないとしても、事故と無関係な地域でも菅元首相が「脱原発」の方針を打ち出したため、定期検査を終えても原発が再稼働できず、15%の節電を強いられた。これによって増えた火力発電のコストが電気代に転嫁されると、もともと高い電気代がさらに1~2割は上がると予想される。

 このような製造業の「空洞化」は、企業にとっては必ずしも悪いことではない。コストの高い日本で無理して操業するより、台湾やシンガポールに移すだけでコストが大幅に削減できるからだ。エルピーダの株価は、工場移転の発表で1割近く上がった。本社が日本にある限り、海外で上げた利潤の一部は日本に還元され、国際分業によって効率は上がる。

 しかし国内の雇用機会は失われ、労働需要が減って賃金が下がる。正社員として雇う代わりに契約社員が増え、実質賃金は下がり続けている。特に広島のような地方都市は、製造業によって地域経済が支えられているため、打撃が大きい。

 つまり民主党政権が「労働者保護」のために雇用規制を強化し、最低賃金を引き上げ、脱原発を進めることによって、結果的には空洞化が加速し、投資が減って日本経済が衰退し、労働者は職を失うのだ。このような影響は長期にわたってマクロ経済に少しずつ出てくるのでわかりにくいため、政治家は目先の「安心」を追求する。

 このような政策で何が起こるかは、今の欧州を見ればわかる。欧州連合では経済統合によって域内の企業の移動が自由になり、税率の高い国の空洞化が一足先に進んだ。その結果が、今のギリシャなどの状況である。そうなってからでは遅いのだが、そこまで行かないとどこの国の政治家も国民もわからないようだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA

ビジネス

根強いインフレ、金融安定への主要リスク=FRB半期
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32、経済状況が悪くないのに深刻さを増す背景

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 6

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 7

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story