コラム

地震の後で

2013年05月01日(水)05時19分

 4月20日の朝8時過ぎに四川省雅安市蘆山県を震源地として起こったマグニチュード7の地震から10日が経った。わたしはご多分にもれず、発生した時に眺めていた中国語のツイッター経由で地震を知った。そこから、みるみるツイッターにいる人たちが「何かしなきゃ!」という気分を高ぶらせていくのを目にした。その日の午後すぐに2008年の四川大地震の時にはまだティーンエイジャーだった青年が、携帯電話のメッセージサービスで「誰か、一緒に被災地にボランティアに行かないか?」と呼びかけていた。

 だが、地震から1週間後、その青年は友人の結婚式に参列したと青島から写真を送ってきた。ツイッターのタイムラインでも被災地や地震に関わるつぶやきはもう半分以下に減っていた。08年5月の地震では夏休みを利用して沢山の人達が「ボランティアに行く」と被災地に詰めかけて、逆に被災地の人たちを困惑させたが、今年はわずか10日後にやってきたメーデー連休に「被災地に行く!」と宣言した人はいなかったように思う。

 ネットのニュースポータルサイトなどでもすでに被災地を伝える特別ページは脇においやられ、メインニュースは日々の話題で埋め尽くされている。3日間の哀悼期間をもうけた08年の地震に比べて、今回は24時間後に被災地で黙祷が行われた程度である。

「亡くなったのが200人程度だったからね、08年に比べて被害が小さかったというのもある」と、あるジャーナリストは言った。確かに08年の死者は約7万人とされ、今だに行方不明の人は1万7千人ほどいる。だが、この答えになんと言っていいか分からないわたしを見ながら彼は続けた。「中国では200人くらいの死者が出る事件はそれほど珍しくもないからね。炭鉱事故だって起これば、死者数がそれを上回ることはよくあるし......」

 これが中国の現実なのだ。彼が冷たい、という意味ではなく、確かに驚くような大事件や大事故が多発するこの国において、すでにある程度全容がわかってきている今回の地震は全国民がすべてを投げ打って駆けつけるほどの事件ではないというのもわからなくもない。

 だが、社会が冷たくなった、というわけではない。逆に言えば、08年の地震後、中国社会がさまざまな経験を積んだことが被災状況の詳細が明らかになっていく過程で大きく役に立ったおかげで、2008年ほど不安と恐怖と不信と焦りが入り混じった感情に皆がいきり立つことがなかったとも言える。

 例えばまず、今回も地震が起こった直後に「被災地はどうなっている?」と、皆が情報収集に向かった。08年にはまだ存在してなかったツイッターや国産マイクロブログ「微博」に人々が集まり、目にした情報を転送、共有し合った。現地を知っているとされた、それまでは全くの無名だったキーパーソンを見つけるとすぐにその情報を公開するなど、現地からの必要な情報を、それを必要とする人たちに届けようという動きがかなりスムーズに進んだ。

 もちろん、そこには誤報やガセネタもあった。しかし、それらはかなりスムーズに、早いタイミングでタイムラインから消えていった。そこには、起こったばかりのボストン・マラソン爆破事件において「ソーシャルネットワーキングサイト(SNS)が事件発生直後の12時間まではとても迅速に情報を流し、役に立ったが、その後逆に誤報、偽情報が乱立するようになり、逆にネガティブな要因が目立った」とする西洋メディアの報道の中国語訳がすぐにネットに流れ、多く転送されたことも、情報収集をする人たちの参考になったようだ。

 次に、情報を共有、転送する傍らで人々が「自分に何ができるか?」を問いかけた。彼らはそれぞれに08年に自分がやったことを反芻した。まず、四川省付近に住む人たちが物資の輸送に手を挙げた。遠方に住む人たちは物資の調達、そしてその資金源となる募金体制を組み立てた。そこで彼らは日頃からネットショッピングなどで利用しているネット支払いサービス「アリペイ(支付宝)」や「ペイパル」などを利用した。自分がネットショッピングサイト「タオバオ」に開いたショップを訪れた人に、「サービスパッケージ」という(形のない)商品を購入してもらう形で募金に変えるという方法を取った。もちろん誰もがそれをやれたわけではなく、日頃から微博などで「信頼出来る」と判断された作家やショップオーナー宛てに自然に募金が集まった。

 地震発生後すぐに現地に飛べない人たちの間で最大の議論となったのがこの「募金」の手段だった。
 
 中国政府は「中国紅十字会」(以下、「紅十字」)のみを「公開で募金を募ることができる機関」と定めている。この「紅十字」は赤十字国際委員会に属する中国唯一の機関だ。現在は前国家主席、胡錦濤が名誉会長に名を連ねており、ここから政府と密接な関係を持つ組織であることが十分読み取れる。

 しかし、この「紅十字」は08年の地震で不明瞭な会計事情がやり玉に上がり、国民から激しいバッシングを浴びた。その後信頼が回復しないうちに、今度は「郭美美事件」が発生した。「紅十字」の名前をちらつかせながら超高級品をネットに晒していた郭美美という女性が避難されると、「紅十字」は郭美美との関係を否定した。さらに人々の不信を呼んだ財政体制の是正を約束したものの、実際には大したアピールも出来ずに今日まで来てしまっていた。

 その結果、地震発生直後から「紅十字を通さずに、被災地にお金と物資を届ける方法を教えて!」という声が飛び交った。それが、前述した「アリペイ」などの個人アカウントを使う手段へとつながった。そうして、地震発生当日の夕方4時の時点になっても国を代表するチャリティー組織の「紅十字」にはわずか213件の募金しか集まらず、その合計額は約3万5千元(約50万円)程度だったことが暴露された。

 とはいえ、その後、4月30日午後5時の集計結果によると「紅十字」に直接届けられたとされる募金及び物資の総額は1億3千万元に上った。政府関連の募金が届いたようだ。だが、その他傘下の窓口機関に届けられ、最終的に「紅十字」にまとめられたものを合わせると、「紅十字」に集まった募金及び物資総額は6億5千万元。つまり、国家的チャリティー機関である「紅十字」が単体で集めることができたのはそのわずか5分の1という体たらくだった。あまりのアンチ「紅十字」ぶりに慌てた幹部たちは「郭美美事件の再調査」を公言したが、逆に「何をいまさら」と嘲笑されてまた引っ込めるというなんとも情けない展開となった。

 だが、人々が身につけた「経験」はこうしたネガティブなものだけではなかった。経済誌「新世紀」の雅安地震特集号では、08年の地震後、四川省各地では学校施設の新築や統合が進められ、厳格な規定によって新校舎が建設された結果、今回は多くの住宅が倒壊したものの、これらの学校が避難所になったと伝えている。また現地住民の中には08年以降にボランティア活動に参加して経験を積んだ人たちがおり、今回被災地で彼らがその経験を生かして活躍していたそうだ。

 こうした、中国全体におけるボランティア活動や組織の活発化も08年地震の産物だ。なんの準備も予報もなされていなかったためにすべてが間に合わず、連絡手段も途絶え、負傷者や死者への対応も遅れ、とにかく全国がパニック状態のようになってしまった08年の地震では、多くの人たちが憑かれたように現場に押し寄せ、またさらに多くの人たちがとにかく救済を、と物資を送り込んだ。だが彼らの熱意とは裏腹に、計画性も経験もなかったこれらの救援・救済活動は「足手まといになった」と激しい非難を巻き起こした。

 海外からの救援隊やボランティアグループの到着は、熱意だけにうかされてやってきてばらばらだった素人たちに反省を促し、それまで中国では安っぽい「動員」と同義語だと思われていた「ボランティア」が、実際には専門知識や訓練、経験を十分に積んだプロフェッショナルたちであることが知られ始める。08年以降、中国においてボランティアブームとも言える注目をあびるようになり、また地震をきっかけに「人の役に立つこと」を意識し始めた人たちの心に「ボランティアという名の専門家たち」の姿は強烈に刻み込まれたようだ。

 その後香港や西洋のボランティア組織とも積極的に交流する若者が増え、その後起こった雲南省や青海省などでの地震でも実地経験を踏んだ。それが今回かなり実を結んだようで、民間NGO同士の間で作業や持ち場の分担などを手配するサービスも出現したと「新世紀」は伝えている。だがその一方で、企業名を掲げた「ボランティア」が現地に殺到し、実際に物資や人手が求められている山間部の被災地には入っていこうとしない姿なども報道された。ボランティアと言いながら、企業イメージアピールを目的としたキャンペーンだった。

 経験を積んだのは民間ばかりではなく、被災地に向かう路上でも重機車両を先に通し、その後に支援部隊が続く、という方法が取られたそうだ。これも前回、すべての「救援」が同時に集中したために路上で身動き取れなくなった経験を生かしたものらしい。生命探知機などの装備もすでに配備、刷新されていたがその一方で、山間部から負傷者を運び出し、街から救援物資を運び込むために使われるヘリコプターは、「国産では難しく、海外輸入ヘリコプターを使うしかないが、その数が追いつかない」という事情もあったようだ。

 実のところ、今回は政府の民間の活動に対する対応も前回に比べてかなり緩かったようだ。「紅十字」を国内で唯一の募金組織機関としながら、前述したような民間の著名人がアリペイなどを通じて集めた資金で物資買って被災地を送り込むのをあからさまに阻止しなかった。そうして実際に活動し、また微博などを使って活動や資金利用の状況を報告する民間ボランティアたちの状況に対しても、見守っている人たちから運営に対する疑問の声も寄せられたが、基本的に政府からの邪魔は入っていないようだ(日頃から目を付けられている、現地在住の民主活動家らには禁足令が出ていたが)。

 もちろん、すべての場所に理想通りに救援物資が届いているわけではないが、それでもモノが流れ、現地事情や現地でのボランティアたちの活動状況の情報もスマホの普及でかなりスムーズに、即時に入ってくるようになり、被災地から離れたところで見守る人たちにも事態の進展状況が伝わったことが、冒頭の友人のように「自分たちが浮き足立つ必要はない」という判断になったのだろう。

 だが、もちろん全く問題がないわけではない。

 人々は「紅十字」や政府の募金呼びかけには相変わらず冷淡だ。一つは「中国のGDPは50兆、政府収入も11億元に達したのだから、まず募金よりも政府がカネを出すのが先」という冷ややかな声。一方で「民間募金」という概念も08年の地震をきっかけにして普及し、今回の地震でも「救援に対する積極性」を示そうと所属関係者に募金を「強制する」組織や機関が報告されている。小学校で親が一定額を募金しなかった子供に特別な宿題を課す、といった例も暴露された。できるだけ多くの募金を「上納」してお上に評価される、というシステムがまだ根強いのだ。

 また、現地から伝わってきた経済損失額が現地のGDPの数十倍だったと指摘されている。損失を大きく語ることでできるだけ多くの再建費用を捻出してもらおうという魂胆なのか、それとも被害を誇張して注目を浴びたいがためなのか。またはただのザル計算なのか。08年にも被災地の多くが山間部の過疎の村だったにもかかわらず、やはり数千億元レベルの経済損失額が次々と計上されていたが、その時にはその数字を問題にする人はいなかった。言った額だけもらえるわけではないが、そういう細かい点にも注意し、政府の公式発表すら吟味する人たちが現れた、ということなのだろう。

 すでに中国は1週間のメーデー休みに入った。これを利用して里帰りしたり、海外や観光地に旅行に出かけたりした人もいる。北京はやっと暖かくなり、陽気を楽しみに出歩く人たちで賑わっている。この休みが終わると、すべてがまた日常に戻っていくはずだ。わたしは今回の地震で見せつけられた、これまで気づいていなかった変化と人々の気持ちの切り替えの速さをどう評価したらいいものかを今考えている。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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