アステイオン

国際政治学

「プーチンの戦争」が我々に残した教訓「ブラックスワン」──ウクライナ戦争が提起する5つの論点(下)

2022年12月21日(水)08時17分
デイヴィッド・A・ウェルチ(ウォータールー大学教授)
ブラックスワン

T-Immagini-iStock


<国家指導者が必ずしも国益を追求しているわけではないことが明らかになった。国際政治学が予測の学問ではないとはいえ、それでもこの戦争は世界秩序にとってどんな意味があったのか? 『アステイオン』97号の「ウクライナ戦争が提起する五つの論点」を全文転載>


※第2回:「個人の性格」を過小評価してきた国際政治学──ウクライナ戦争が提起する5つの論点(中)より続く


以上私が挙げた5つの論点は、相互に連関し補強しあう関係にある。これらの論点から導かれるこの戦争のイメージは次のようなものになる。

これは基本的にウラジーミル・プーチンという一人の男の世界観と野心によって引き起こされたもので、プーチンは、行きつくところ幻想に過ぎない考えに耽って、壮大かつ非現実的なロシアの未来ビジョンに満足し、その際ほとんど、誰からも引き留められなかったというものだ。

プーチンのビジョンが非現実的な理由の一部は、ロシアが実際には衰退しつつあるからで、どうやらプーチン自身もそれに感づいていたようだ。

人口動態は芳しくないし、経済規模はヨーロッパのほぼ一割にすぎず、化石燃料に収入を極度に依存しているが、その価値は世界が今後脱炭素化するにつれ低下せざるを得ない。宿敵たるNATOは、今や活力を回復し拡大する勢いだが、それはとりもなおさず自分自身のウクライナにおける冒険主義の直接の帰結なのである。

ロシアの未来はおよそ明るいものではない。もしかすると、だからこそプーチンは必死に過去にしがみつこうとしているのかもしれない。

こういったことは、中長期的には何の前兆とみるべきなのだろうか? 現在進行中の戦争の含意で蓋然性が高いものを検討するにあたって、ロシア、西側世界、その他の利害関係国、そして世界秩序のそれぞれに分けて考えるのが相応と思われる。

おそらくプーチンはウクライナでの目標を最後まで追求しようとすると言ってよいだろう。彼は自分の失敗を認めたり、敵を前に譲歩したり、自分が国益の核心にあると認識するものについては、あるいはより直截に言えば自分の「強い男ぶり」とでもよばれるものがかかっているときには、妥協するような指導者ではない(※4)。

しかしそれではプーチンのウクライナにおける目標は何なのか? これについてはこれまで意見は分かれてきたし、今でもそうだ。プーチンの表明している目的として、ウクライナの「非ナチ化」がある。

紛争の初期段階では、これはゼレンスキー大統領を退けて、意のままに操れる傀儡政権を作ることが核心的な目標であることを意味しているように思われた。

最近の展開が示唆するのは、これに代わる(あるいはこれに加えて)目標として、東部および南部の大きな地域を奪取するか、あるいは主権を持つ独立国家にしてしまうことで、ウクライナを縮減することも目標になっているように思われる。

この地域には確実にドネツクおよびルハンシクが含まれ、ハルキウ、ザポリージャ、ヘルソン、ニコラーエフ州などの大部分、つまり相当数のロシア系住民が居住するかクリミア半島への陸路となるという条件のいずれか、または両方を満たす地域である。

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