コラム

ワリエワのドーピング問題をめぐる2つの判断ミスと3つの謎

2022年03月01日(火)11時30分
カミラ・ワリエワ

ショート首位で臨んだ北京五輪のフリー。ワリエワ選手は何度も転倒するなど精彩を欠き、メダルを逃した(2月17日) Eloisa Lopez-REUTERS

<昨年12月のドーピング検査で陽性反応を示したことが北京五輪期間中に発覚しながら、競技に出場した15歳のワリエワ選手。禁止薬物の入手や服用に周囲の「大人」が関わっていることはほぼ間違いないが、前もって事実を知っていたのは誰か? 何が騒動を大きくしているのか>

北京五輪は2月20日に閉会しましたが、フィギュアスケート団体と女子シングルに出場したカミラ・ワリエワ選手(15)のドーピング問題は未だに論争になっています。渦中のワリエワ選手とエテリ・トゥトベリーゼコーチのフィギュア競技における位置づけ、ロシアのこれまでのドーピング事情から、今回の問題を解説します。

検出された「トリメタジジン」とは?

事の始まりは、先月8日に予定されていたフィギュアスケート団体競技の表彰式の延期(後に中止)でした。この競技ではロシアオリンピック委員会(ROC)が金、アメリカが銀、日本がこの競技で初のメダルとなる銅を獲得していました。当初は延期の理由が公表されておらず、「8日の行われたフィギュア男子ショートで、羽生結弦選手のジャンプ失敗の原因になった『氷の穴』を作ったロシア選手が誹謗中傷や脅迫をされているから」という怪情報がマスコミに流れたほど、状況は混沌としていました。

翌9日、ロシアやイギリスのメディアは「昨日(8日)、国際オリンピック委員会(IOC)に法的な協議が必要な状況が持ち上がった」と報道し、「ROCと国際ドーピング機関が関与しているだろう」と予測します。11日になると、ドーピングの国際検査機関(ITA)は「フィギュア団体に出場したワリエワ選手が、昨年12月のロシア選手権出場時に採取された検体でドーピングの陽性反応を示した」と発表しました。

検出された禁止薬物は「トリメタジジン」。日本では狭心症や心筋梗塞などの治療に使われる物質で、血管拡張効果があります。アスリートが使った場合には、血流促進作用があり持久力の向上などが認められるため禁止されています。

ロシア反ドーピング機関(RUSADA)はワリエワ選手を暫定的に資格停止処分としましたが、選手側の異議申し立てを受けて処分を解除。すると、IOCと世界反ドーピング機構(WADA)は、処分解除を不服としてスポーツ仲裁裁判所(CAS)に異議を申し立てます。CASはワリエワ選手が16歳未満の「保護対象者」であることを理由に訴えを退けましたが、IOCはフィギュア女子競技が始まる前日に「ワリエワ選手が3位以内に入った場合は、メダル授与式を行わない」と抗議の姿勢を見せます。

結局、ワリエワ選手はショートで1位だったもののフリーで5位となって総合4位でメダルを逃したため、フィギュア女子の表彰式は予定通りに行われました。

元女王も苦言

ワリエワ選手のドーピング問題には、2つの判断ミスと3つの謎があります。

判断ミスの1つ目は、16歳未満だという理由でドーピング違反者に競技出場を許したことです。

禁止薬物の摂取には、入手や服用に周囲の"大人"が関わっていることはほぼ間違いありませんが、ワリエワ選手本人の尿から検出されたことは事実です。2010年バンクーバー五輪フィギュア女子の金メダリストであるキム・ヨナさんは、「ドーピング違反をした選手は試合には出場できない。この原則は例外なく守られるべき。全ての選手の努力と夢は等しく尊いものだ」とSNSで発信しました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA

ビジネス

根強いインフレ、金融安定への主要リスク=FRB半期
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32、経済状況が悪くないのに深刻さを増す背景

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 6

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 7

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story